プログラムノート スタイル&アイデア:作曲考 第1回作品演奏会

プログラムノート スタイル&アイデア:作曲考 第1回作品演奏会

2023年2月8日

2022年12月24日(土)にトーキョーコンサーツ・ラボで開催した演奏会においては、多くのみなさまにご来場いただきありがとうございました。
演奏会で取り上げた作品の作曲家によるプログラムノート、および当日パンフレットに記載したテキストを以下に公開します。

当日パンフレットのPDFはこちら

スタイル&アイデア:作曲考について

映像・音声を配信する様々な媒体が賑わう今日、ある作品の演奏記録にアクセスすることは以前に比べて遥かに容易になりました。それに対して、作品創造のプロセスを支えている、作曲家の「スタイル」や「アイデア」について詳しく知る機会は、それほど多くありません。作品の音に触れることはできても、その背後にある創作観や、それが生まれるプロセスに触れる機会は限られているのです。
そこで、私たちは作曲家たちの創造行為に触れるためのプラットフォーム作りを目指して 2021年8月に「スタイル&アイデア:作曲考」を立ち上げました。メンバーは演奏者、音楽マネジメント従事者、音楽学者によって構成され、これまでに同時代を生きる作曲家の樋口鉄平、灰街令、桑原ゆう、辻田絢菜各氏の論考、インタビュー、プログラムノート等、主に文字ベースで作曲家の考えに触れることのできるものを当団体のWebサイト上で公開してきました。
本日は、灰街令氏による新曲、樋口鉄平氏が主催した「第一回米田恵子国際作曲コンクール」に出品された二作品、そして桑原ゆう氏、辻田絢菜氏による委嘱新曲をお届けします。また終演後には、当団体が桑原、辻田両氏と取り組んできた今年度のプロジェクトの成果を踏まえ、作曲行為やその協働性をめぐるシンポジウムを開催します。
私たちの取り組みが、現代の音楽について考える空間をもたらし、未来の音楽創造の種となれば幸いです。

スタイル&アイデア:作曲考
小島広之、坂本光太、西村聡美、原 塁、八木友花里

桑原ゆう《落下する時間とき(2022)

演奏|八木友花里(ヴィブラフォン)

「縦」と「横」とは、互いに定義しあう関係にある。あるひとつの直線を指して「これは縦線だ」といってみたところで、見るほうの角度を変えたら「横線」になってしまう。「横」が決まらなければ「縦」も決まらない。「横」に対しての「縦」であり、「縦」に対しての「横」である。「縦」を考えるとき、同時に「横」についても検討しなければならない。
白川静『字訓』(平凡社)の「横」の項目に、「縦(立つ)に対して、『避(よ)く』の関係であるから、中心点の左右に外れてゆくことをいう。」とあるが、私の普段の作曲の手法はまさにこれである。音高においても、リズムにおいても、わざとずらすことにより生じた干渉や歪みが「横のつながり」となり、それを少しずつずらして重ねていくと音楽という「かたち」が成っていく。この「横の方法」に逆らうように、本作では「縦の方法」を試みようとした。音を積み上げて和音の柱で考え、音や音楽の自然な方向性を断ち切って継いでいく。「横の方法」を避けることにひたすら注力したつもりだが、それでも、潜在意識が「横」のバランスを求めようとするので、「横の方法」から完全に離れることはできなかった。タイトルは、「縦」の運動や律動を考えたときに自由落下運動を連想し、音の要素を決めるヒントになったことによる。

辻田絢菜《メタルチューブワーム》(2022)

演奏|坂本光太(チューバ)

今回の作品テーマである「横」と言う言葉を、「線」や「持続」という言葉と同様に捉えました。
冒頭は、うねうねと呼吸しながら蠢く生き物のような横線の音楽をイメージしています。しかし単に持続する音を一貫して続けることだけではなく、持続を表現する方法を自分らしい視点から探すことが本作の大きなポイントでした。
試行錯誤し行き着いたのは、本来長く持続するはずの流れをリズムによって区切り推進力を得る方法です。私なりにこれを例えるなら、静止画を連続させることによって画が動いているように見せるアニメーションを、スローにしたり、巻き戻したりして楽しんだりすることと近いです。徐々に同音での連打や、それを受けてパーカッシブに音を取り扱うセクションが登場します。
うねうねとした音の動きや激しい息使いを有機的とするならば、リズムや呼吸音をコントロールしてそれらを区切る事は有機的な生き物らしさを逸脱していく表現の様に感じます。そんなことをイメージしながら構成を考えました。

タイトルになっている「チューブワーム」は深海に生息する口や肛門などを持たないチューブ状の生き物です。人間のように食料を食べて排泄をして…というわかりやすい生命活動とは異なる方法で生きているこの不思議な生き物が、私の目指した音楽のイメージと重なり、またチューバと言う楽器の構造とも近いため今回のタイトルに選びました。
委嘱を下さったスタイル&アイデア:作曲考の皆様、初演して頂く坂本光太さんにお礼申し上げます。

◉灰街 令《De-S/N_T/Sピアノとモジュラーシンセサイザーのための》(2022)

演奏|灰街 令(ピアノ、シンセサイザー)

Deは接頭辞であり、S/NはSign/Noise、T/MはTime/Space を主として表している。
ピアノとシンセサイザーの実演の背後では、事前に録音された同編成による演奏が再生される。実演と再生の音楽は聴覚上の判別を無効化するように似寄りつつ、音響スペクトルにおいて微妙な差異が与えられている。
現在——それはどれ程の幅を持つ時間だろうか——演奏される再演と、再演のために初演され編集された過去の再生が、意図のないノイズのような、音楽未満の独り言とその影として空間に響く。
意図のサイレンスという名のノイズの充溢の中で、増幅されることなく二重化されることで省察される一音は、どのようなsignificationを引き起こし、次の瞬間の一音という未来の単位への予期と共に音楽へと構造化されるか。
鳴り響く音楽は常に過去に由来してきた。それは音楽内的記憶に根ざした変奏として認知されることもあれば、より広く過去の音楽的記憶に対する認知的参照として現象することもある。ある音を知覚するためには空気の周期的振動という記憶未満の記憶を必要とする。

知覚に先立つ記憶たち。揺れ動く過去の星座。

◉山﨑燈里《黒い帯》(2021)

演奏|坂本光太(チューバ)、八木友花里(バスドラム)、山﨑燈里(スコア、彫り師:江佳㶈)

「出かける母は 体に昆虫を巻き付けるせみ とんぼ かまきり
錦に織られた虫を 私は幼い時から飼っている
母に隠れ 刺繍の裏糸を 指で弾いた土用干しの帯
放たれた虫達は 一時 夏の空を飛ぶ
祖母から叔母そして母へ 女の呼吸を薄い翅にたたみ
一本の黒い流れの中で 生き続ける虫達
少し派手になってきたね 鏡の中の母が笑う
背にとんぼ 胸元にかまきりを留まらせて
私も母へ繋がっていく」―黒い帯、青山かつ子

物心ついた頃には体中に黒子が広がっていた。子供の頃同級生から黒子の多さを揶揄われ、虫がひっついているようだと黒子をつねられた。元々黒子は平安初期に「ははくそ(母糞)」と呼ばれ、母親の胎内でついたカスだと考えられていた。語源の通り、もしも私の黒子が、皮膚にくっつく黒い虫達が、母から受け継いだものだったら。青山の「黒い帯」を始めとする詩は、周縁化された過去の女達の生を繋げる。そこから着想を得て、自分の皮膚を譜面、全身の黒子を音符と見做し、黒子を線で繋ぎ合わせたドローイングスコアを直接体に刺青で彫り込んだ。まっさらな白い肌が美の基準であり、黒子やシミは美容外科で除去し美容液で薄めコンシーラーで隠すよう美容業界の広告が勧める。でも私は自分の黒子について語り、黒子で作曲し、黒子の楽譜を彫ることに決めた。黒子は肌に残る記憶であり、唯一無二で私の体の証だから。私も体のあちこちに虫を留まらせて、黒い流れの中に立ち、文学や音楽を通して先を生きた女達の抵抗と希求をもっと感じ、後に続きたい。

◉Camille Kiku Belair《Book Piece》(2021)

演奏|小島広之(ピアノ)、坂本光太(チューバ)、西村聡美(声)、原 塁(鍵盤ハーモニカ)、八木友花里(ヴィブラフォン)

本作は第一回米田恵子国際作曲コンクールのために創作された。任意の数の演奏者のためのインストラクション・スコアであり、演奏時間は問わない。演奏者はそれぞれ一枚の紙にグラフィック・スコアを制作し、それを折って8ページの小冊子にする。スコアは楽章であり、すべて同時に演奏される。各々のパフォーマーがすべてのスコアを演奏し終えるまで、演奏者のあいだで交換される。私の狙いはグラフィック・スコアと製本作業を、最終的な作品形式に意義深い影響を与える仕方で、組み合わせることにあった。それぞれのパフォーマーが作曲家となり、独自の視覚言語を創作し解釈するが、各自がそれに対しどのように反応するかをみるのは、とても興味深いことに思う。


演奏会概要

スタイル&アイデア:作曲考 第1回作品演奏会 縦と横

演奏作品|
灰街 令:De-S/N_T/S——ピアノとモジュラーシンセサイザーのための(新作初演)
山﨑燈里:黒い帯
Camille Kiku Belair:Book Piece
桑原ゆう:落下する時間とき(委嘱初演)
辻田絢菜:メタルチューブワーム(委嘱初演)

シンポジウム(日本音楽学会 支部横断企画)|
題目|原 塁「作曲行為をめぐるドキュメンテーションの(不)可能性」
共同討議|桑原ゆう、辻田絢菜、小島広之、坂本光太、西村聡美、原 塁、八木友花里

日時|2022年12月24日(土)14:00開演(13:30開場)
会場|トーキョーコンサーツ・ラボ(東京都新宿区西早稲田2-3-18)
主催|スタイル&アイデア:作曲考
助成|公益財団法人朝日新聞文化財団 日本音楽学会 公益財団法人 野村財団 *西村聡美に対して