公開ディスカッション アーカイブ「桑原ゆう・辻田絢菜:アーティスト・トーク」(第一回シンポジウム)

公開ディスカッション アーカイブ「桑原ゆう・辻田絢菜:アーティスト・トーク」(第一回シンポジウム)

2022年8月20日

 このたび「スタイル&アイデア:作曲考」は桑原ゆう、辻田絢菜の2名の作曲家に委嘱した新作を発表する演奏会を開催します。私たちは活動の一環として、ふだんはなかなかオープンにされることのない作品のテーマ決定や、制作過程での作曲家と演奏家との対話といったプロセスを積極的に開き、記録・検討するプロジェクトに取り組んでいます。

 来る演奏会では、2022年6月18日開催「桑原ゆう・辻田絢菜:アーティスト・トーク」(第一回シンポジウム)にて決定した「縦」と「横」というテーマにもとづく新作を初演します(「縦」: 桑原、ヴィブラフォンソロ作品/「横」: 辻田、チューバソロ作品)。

 以下に、当日の公開ディスカッションのなかから委嘱テーマ決定に関する部分を抜粋して公開します。1


原:では、ここからは12月24日開催予定の演奏会における桑原さん、辻田さんへの委嘱作品のテーマを探っていきましょう。本日のお話を受けて、こういうテーマが考えられるんじゃないかというものを挙げていただければと思うのですが、どうでしょう?

八木:まず、参考までに伺いたいのですが、お二人はこれまで、あらかじめテーマを決めてそれに対して作曲するということはありましたか?たとえば、学校の授業やコンペティションとか。

辻田:大学の課題では編成の縛りはありますね。桑原さんが在学されていた頃も多分そうだったと思うんですけど、二重奏とか室内楽、オーケストラ、歌曲みたいな指定があってそれに対して書くという感じで、テーマは自由に考える。私はこれまでそんなに応募してこなかったんですが、コンクールも同様かなと思います。そういう場面でテーマがあらかじめ決まっていたことはなかったですね。

桑原:そうですね、私は委嘱を受けた作品のなかで「この人物にフォーカスしてください」とか「この旋律を使うとどうなりますか」というかたちで、与えられたテーマに応えて作曲することはあります。

坂本:今回の編成はチューバとヴィブラフォン、それぞれのソロでご堪忍くださいというところですが、テーマに関して、プレゼンを聞くなかで、お互いに何か共通するものもあったりするのではないかなと思うので、そのあたりを伺いたいです。

西村:私は音が持つエネルギーや、生き物のような動きというのが、ひとつ共通点かなと感じました。漠然としてますが「生命」とか「エネルギー」、「呼吸」、「明滅」といったキーワードが頭のなかに浮かんでいます。

坂本:僕はお話を聞いていて、やはりディテールが大事なんだなと感じました。たとえば、辻田さんは「オブジェ」という言葉で表現されてましたが、音のきらめきや運動の刹那的な折り重なりが次々に出てきて、それがすごく綺麗。桑原さんの場合にも、メリスマのなかに緻密なディテールがある。「ディテール」というワードそれ自体がテーマになるのかわからないですけど、細部へのこだわりは共通項かなと。お二人はどういう風に思われましたか?何かお互いに引き寄せられる点はありますか?

辻田:私もさっき桑原さんのプレゼンを聞いているあいだ、自分との共通項を考えていたんですが、作品における「かたち」をめぐって、言葉になる前の声を具現化するという桑原さんの発想は私と近いものがあるかなと感じました。ただ私の場合は、出発点にあるのは、ビジュアルなんですよね。私の作品と桑原さんの作品は聞いたときに、両極端に位置しているイメージもありますね。そのあたりの共通性と違いが面白いところだと思うんですが、この場ですぐに言語化するのはむずかしくて……。桑原さんのお話も聞いてみたいです。

桑原:私も、その音の「かたち」という点で、きっと、とても似ているところがあるんだろうなと思います。ただ、具現化する方法が全然違うし、たぶん元々持っている音像の違いみたいなものがありますよね。そういう意味で全然違う音楽になってるんだと思うんですけど。
私は、委嘱を受ける際にテーマが決まっている場合は、そのテーマとどうやって自分が関係性を作っていくかということだと思ってるんです。その過程で書きたいものが見えてくる。二人の共通項を探すのもひとつの方向性ですが、もしかしたら、二人ともに全くないものを急に突きつけられたときそれに対してどうするか、というのもテーマとの関係性の在り方として面白いのかなって思ったりもしています。その方が難しいし、自分で自分を苦しめることになるかもしれないけど(笑)。

辻田:すごく良くわかります。それがなんなのかってことですよね。

桑原:それがなんなのかわからないけど、全くないもの。

原:僕もちょうど同じようなことを考えていました。仮に「かたち」への関心が共通項だとしたら、逆にアモルフなものというか、無形性をテーマにしてしまうみたいな、少し転倒させた感じでテーマを探ると面白くなるのではないでしょうか。小島さんはいかがですか?

小島:僕も、お二人に全くない要素を敢えてテーマにすることで予期せぬ反応を引き起こすという方向性に興味がありますね。具体的に二つ思い浮かべているのがあります。
一つ目は「現代音楽」というワードに関わるもの。僕はこの言葉が、明白な定義がないのに皆が繰り返し使っていくなかで、何らかのイメージを喚起する機能を持ってしまっているのが面白いと思っています。そこで、敢えて「現代音楽」を書くという課題で、この言葉がまとってしまっているものをひっくるめて考えてもらうというのが一つ。
二つ目は、西村さんも言ってていたように、お二人の音楽の魅力の一つにエネルギーを秘めた生き生きとした運動性があるとして、じゃあそこに何か既存の旋律など「無機質」な要素を無理やりねじ込んで、あえて音楽のエネルギーを停滞させてみるとか。いまの二つは単なる思いつきですけど、何か具体的な方向性を設けた方が上手く進みそうです。

辻田:私も「現代音楽」というものに対して、コンプレックスとまでは言いませんが、やっぱり思うところはあるので、いまのお話はなるほどと思いました。逆に「現代音楽」を書くとなるとどうなるんだろうなって。いま、これからの苦しみはあんまり考えてないんですけど、試みとして面白いです。あと、有機的な発展を無しにするというのも興味深いですね。私はアニメーション技法を取り入れて、かたちを生き生きさせたいと思っているので、あえて逆のことをしてみたときにどうなるのか。

小島:一つ、必要だと思うのは、何か具体的な枠を設定することですよね。普段通りの仕方で作曲を進めていただくよりは、干渉して歪みを強いるような、何かそういう強い枷が欲しいです。思いつきで適当に言うと、たとえば、ASMRを書いてもらうとか。

坂本:チューバのソロっていうのも既に十分大きな制約ですけどね(笑)。

八木:チューバソロでASMRって面白そうですよ(笑)。そうなると、「無機質」という一つのテーマを決めるよりは、「普段と真逆のもの」っていう設定重視にするなども考えられますが。

辻田:そうですね。ただ、何かもうちょっと良い言い方がないかなと。「真逆のもの」となると、それはもはや自分の作品じゃなくなっちゃうみたいな感じになってしまうのではないか、自分らしさを消した作品が果たして自分の作品になり得るのかっていうことが引っかかっています。みなさんの言いたいことは伝わっていて、どちらかというと、言い方の問題だと思うんですけど。

桑原:私がこんなこと言うのもあれなんですけど、反対のものでもちゃんと辻田さんの作品になると思いますよ(笑)。それはきっと自分を鏡に映したようなもので、そこに何を見るかは自分次第なので。自分の作品にならないってことは絶対にないと私は信じてるんですけど。

辻田:そうだと思います。でもこの場でなんかこう、整理しきれない部分が……。

西村:真逆というよりは「反転」の方がニュアンスとしては近いかも知れませんね。

辻田:たしかに「反転」という言葉はいままでの議論からしても、すごいしっくりきます。

桑原:ただ、それを自分で決めると甘くなっちゃうような気がして、そこだけがちょっと心配ですね、私は。

坂本:じゃあ、お互いに反転したテーマを差し上げるというのはどうでしょう。辻田さんはパッと思い浮かんだもので、「静止」とか「動きのなさ」、「STOP!」みたいな。桑原さんは何ですかね、「多声音楽」とか。チューバで多声音楽書かれても困ってしまうんですけど。これは最終的に誰が決めるんですか(笑)

辻田:桑原さんの作品に対しても「静止」というワードは抑止的な効果を発揮する気もしますね、私が聞いた感じ。

八木:いま、会場からのコメントで「並行世界の自分が書く音楽」というのもいただきましたが。

西村:いままでのお話を踏まえつつ、ちょっとだけ視点を変えて。桑原さん、辻田さんが、お互い相手のこんな作品を聞いてみたいというのはありますか。何て言うんでしょう、お二人が実は鏡のように反転してるんじゃないかって勝手に思ってるんですけど。

桑原:辻田さんの曲はやっぱりキラキラしていて、明るいですよね。だから、もっと厳しい音楽を書くとどうなるんだろうって思ったりもします。

辻田:厳しい音楽……。

西村:辻田さんはどうですか。

辻田:桑原さんの作品は息が長くて、有機的な細かいディテールはありながら、聴き終わった後に抱くイメージとしては「ひとつのすごく大きな生き物がそこにいたな」というものなので、曲の中でもうちょっと「小さい子がいっぱいいます」みたいなことになるとどうなるのかな、というのは思います。

小島:いま出た考え方、お二人が互いの作品として聴いてみたいものというのは面白いですね。辻田さんによる厳しい作品と、桑原さんによる小さな単位の集積というか、小動物の戯れというか、そういう作品。そういうものが二人の想像力を経て、どういう音になるのか興味があります。でも、少し抽象的なゆとりがあるテーマ設定ですよね。さっきも言ったように、一方でもっと踏み込んだ枠があった方が良いような気もするし、どういうものが我々の趣旨に適していると思いますか。

辻田:私としてはもうちょっと踏み込んだテーマがあるとありがたいです。たしかに、私がイメージしている厳しい音楽というものがあり、それは自分がこれまでも近づきたいけど近づけなかったものでもあるので、取り組みがいがあるのですが、どういう部分を厳しくしたらいいのか、もうちょっと聞けたら嬉しいです。自分で考えなきゃいけないことかもしれないんですけど。

桑原:私も小品を集めたような曲はあるので、もう少し具体的にしてもらえたら嬉しいかなって思います。

辻田:桑原さんに対して、私が聴いてみたい作品をもっと具体的に言うと、スタッカートがいっぱいあったり、短い音がいっぱい出てくるイメージの曲ですね。それは、今日聴かせて頂いた作品がそういう傾向のものではなかったということもあるんですけど。

坂本:いま辻田さんが、桑原さんに対しておっしゃった「スタッカート」っていうのはめちゃくちゃ具体的でいいと思います。これ以上ないくらいわかりやすい。同じノリで、同じくらいの解像度の言葉で、桑原さんから辻田さんに対しても何かあれば。

桑原:なんて言ったらいいのかな……。ファンタジーじゃなくしたらどうかなと思うんですけど。ファンタジーじゃないってどういうことでしょうね、でも。音の明るさみたいなのはすごい独特だと思うんですよね。私はああはならないので。

辻田:それは、私が和声というものを大事にしているということと繋がっていると思います。

桑原:たしかに、私はあんまり和声で、つまり「縦」で曲を作るタイプじゃないから、そこが決定的に違うのかもしれない。その辻田さんの和声感を封じたら……。逆に、私は三和音しか使っちゃダメと言われたら、また全然違う曲になると思います。

辻田:そうなるとより具体的になりますね。

坂本:じゃあ、桑原さんのテーマが「和声」、辻田さんは「無調」って言ってしまって良いですか。桑原さんの音楽って「線」の音楽ですよね、そういうと近藤譲先生の『線の音楽』みたいで語弊があるかもしれませんが。対して、辻田さんの音楽は「線」っぽくはないですよね。もっと図形っぽいイメージがある。そういう点で対比的、反転的かなと思います。そうなると自ずと編成も決まりそうですね。チューバソロで和声なんて……。

桑原:重音だらけになっちゃう!(笑)

坂本:嫌です!(笑)

辻田:そうですね。仮に「線」というテーマにすると私がチューバの方なのかなって。「線」にすると、無調という要素も含意されますよね。

坂本:そうですね。でも線の音楽ってちょっと専売特許っぽいから、言い方を変えた方がいいような気がします。

桑原:横じゃないですか?私が「縦」で、辻田さんが「横」。

辻田:かっこいい!

原:では、桑原さんが「縦」、辻田さんが「横」ということで。かつ、いまの一連のお話にあった和声と無調といったことを意識して作曲していただくということにしましょうか。かっこいい感じにまとまって良かったです。

桑原さん、辻田さん、本日はお忙しい中、長時間に渡りありがとうございました。また、多くの皆様にお集まりいただいて大変嬉しく思います。ありがとうございました。12月24日の演奏会もどうぞよろしくお願いします。

2022年6月18日(於:YouTube Live)
登壇者:桑原ゆう、辻田絢菜、スタイル&アイデア(小島広之、坂本光太、西村聡美、原 塁、八木友花里)


1*当日は桑原さん、辻田さんのご論考(「音の声、声の音」「私と魔法少女と現代音楽Ⅱ」)と深く関わるお話をいただいたのち、会場からのご質問を受けながら議論しました。