プログラムノート 辻田絢菜

プログラムノート 辻田絢菜

2022年8月10日

辻田絢菜

◉Collectionism Ⅲ / EpisodeⅠ “魔法少女” (2015)

 「魔法少女」とは、日本のアニメや漫画に見られるキャラクター類型(ストックキャラクター)の一つ。典型的な魔法少女ストーリーに見られるいくつかのキャラクター類型(主人公、悪役、妖精など)から受けた
インスピレーションを音素材とし、ストーリーの流れに基づいて物語風に構成されている。

In a dream 夢の中で

Awakening 目覚め

Departure 出発

Invasion 襲来

DOTABATA ドタバタ

Fairy’s gallitrap 妖精の輪

Transformation 変身

 本作は2013年に初演された室内楽作品CollectionismⅢ/gallitrap(妖精の輪)から派生したエピソード的な作品であるため、このタイトルをつけた。

◉少女の小箱 Ⅰ (2016)

 この作品内で歌手によって歌われている言葉のようなものは、ある時自分の中から拾い集めた単語や言葉を並べ、分解し、再構成したものです。従って、何語でもなく、意味もありません。その代わりに、音楽的に元の言葉の意味やイメージを表現しています。赤ちゃんや小さい子供が、まだ日本語にならない言葉で何かを伝えようとする様子が一番近いのかもしれません。

 また今回、「小箱」という単語から感じる立体的なイメージを表現するため、初めて視覚的要素を伴う音を取り入れました。

 解体された箱の展開図はどんどん組み立てられ立体になり、楽しいこと、ドキドキすること、いらだち、信じたかったこと、ワクワクすること…中には少女の大切な宝物がたくさん詰まって行きます。

◉CUE” / Notate with Nerve (2016)

 美術家・千葉紘香さんとの「Notate with Nerve」という図形楽譜プロジェクトのために作曲。

 種が弾けて「新しい自分」が生まれる様を表現した作品。フルートとヴァイオリンと打楽器、ピアノが発する音がそれぞれのパートに影響し合い、音楽が進んでいく。「新しい自分」の中にも、同じ血液が「循環」しているということを、「ループ演奏」できる音楽構造によって表現している。

Notate with Nerve Facebookページ

室内楽版(オリジナル)
オーケストラ版

◉Collectionism Ⅶ / QUN for orchestra (2016/2017)

 サブタイトルであり、本作のテーマである「QUN」とは日本語の「きゅん」を意味する造語。 「きゅん」とは感情を表現するオノマトペで、強く感動して瞬間的に胸が締めつけられるように感じるさまを言い表す。 「胸キュン」といった言い回しもされる。 私達は生きていく中で様々な「きゅん」を感じる。 例えば素敵なことに出会ったとき、可愛いものを見てたまらなくなったとき、恋をしているとき、また悲しくて辛いときでさえ「きゅん」と感じる。 言葉だけでは言い尽くせないこの「きゅん」という複雑な感情を、音で表現した。

 本作にはいくつかのセクションが存在し、それら一つ一つは、方向性の違う様々な「きゅん」のイメージを表現したものになっている。 セクションの配置方法には一貫したものはなく、感情の移り変わりなどは行われない。 その瞬間、瞬間のイメージの連続として音楽は進行する。 またそれぞれのセクションには「きゅん」の方向性を大まかに分類する表情記号が付け加えられている。 

Hope 希望 

Throbbing(doki-doki) どきどき 

Deep breath 深呼吸 

Error 解析不能 

Sigh ため息 

Painful 痛ましい 

Stimulation 刺激、興奮 

Tension 緊張 

Delight 喜び 

Longing 憧れ、恋しさ 

Dying of cuteness キュン死 ……… 

 たくさんの人間が音楽表現に携わる「オーケストラ」という編成に於いて、ひとつの「感情」を表現するということがどういったものになるのか。 もし表現する側、聴く人が違ったら、「きゅん」という感覚はどうなるのだろうか。 様々な探求心と、未来への希望を込めて、この作品を書きました。 お聴きくださった皆様の心に、何かが「きゅん」と響きましたら幸いです。

◉Collectionism Ⅷ / Pan(-ic) (2017/2022)

 パンとは羊飼いと羊の群れを監視する神で、上半身は人間、下半身は山羊の姿、山羊の角を持っています。性格は陽気で愛嬌がありますが、怒ると手が付けられない一面も。昼寝をすることが大好きなパンは、その安眠を妨げられると著しく機嫌を悪くし、怒り、狂乱します。「パニック」という言葉の語源になっているという説もあるようです。この様な一面や、コロコロと音楽が切り替わる様から、合わせて「Panic」というタイトルを付けています。
 バスクラリネットの作品を依頼されて初めに思い浮かんだのが、バスクラリネットと言う楽器の持つ綺麗な形でした。ネックやベルの曲線が山羊の角の様に見えたことが「パン」を題材に選ぶきっかけになりました。
 パンは慌て者で、魔神テュポンに襲われそうになった際、変身して川に逃げ込もうとしましたが、慌てたために上半身は山羊、下半身は魚という奇妙な姿になってしまいました。これを面白がった神ゼウスが、その様子を夜空に貼り付けて星座にしたと言われています。
 これらの特徴や、パンに関する様々なエピソードを元にしたいくつかのセクションを作り、それらを作品の中でひとつの物語の様に配置しました。

 パンは様々な芸術作品に題材として取り上げられています。19世紀フランス象徴派の代表的詩人ステファヌ・マラルメの『半獣神の午後』に感銘を受けたフランスの作曲家クロード・ドビュッシーの《牧神の午後への前奏曲》は、その代表的な作品です。本作では「妖精シュリンクスに恋するパン」というセクションに、《牧神の午後への前奏曲》の旋律や、同じドビュッシー作曲の無伴奏フルート作品《シランクス》(シランクスとはパンが恋してしまう美しい妖精の名前)からその旋律を引用、変形させて用いています。

Sleeping/昼寝  

a snore/あくび 昼寝をしているパン

Awaking/覚醒 

ntimidation/威嚇 物音に起こされて怒って威嚇を続ける

a cry/鳴き声 また眠くなって夢見心地に寝るパン

Nymph(Syrinx Debussy,Claude)/どこからともなく妖精ニンフが現れる。ニンフがキラキラと舞い踊り、それを気持ちよく見ているパン

Flustered person/あわてんぼう ニンフに恋をしたパンは楽しげにニンフを追いかけ回す

Nymph transformation/ニンフの変身。困惑したニンフは葦に姿を変えてしまう

Sad Pann/悲しいパン 悲しげなパンの鼻歌

Piper’s dance/笛吹きの踊り ニンフが姿を変えた葦で作った笛を吹きながら踊り、神々の宴に花を添えるパン

Attack and escape/襲撃と逃亡 そこへ魔神テュポンが現れ、神々を襲撃する慌てたパンは上半身は山羊、下半身は魚という奇妙な姿で逃亡

Twinkle star/輝く星 これを面白がった神ゼウスが、その様子を夜空に貼り付けて星座にしてしまった

◉Collectionism Ⅺ / Sidhe for orchestra (2018)

 「Sidhe」とはアイルランドの伝承に登場する妖精のこと。クーシー、ケットシー、バンシー…など、ケルト語圏には様々な種類の妖精が存在するとされており、その逸話が多く残されている。美しい者もいれば、恐ろしい見た目の者、また人間と動物の混合したような者…など特徴も様々である。

 本作はこれらの妖精の逸話をもとに、感じたイメージを音にしたいくつかのセクションで構成されている。

妖精の丘/妖精の国への扉が開くとされる場所。

妖精の矢/妖精を怒らせると矢を射かけてくる。

月の夜の宴会/妖精達は満月の晩に音楽を奏で、歌い、踊り、お酒をのみ、盛大な宴を開く。

妖精の仕事/糸紡ぎ、機織り、粉ひき、鍛冶…妖精は人間のように様々に仕事をする。

妖精の輪と踊り/宴会好きの妖精たちが輪になって踊ったあとにできるフェアリーリング。この輪に人間が入ると足の指がなくなるまで踊らなければならない。

トランス/人間が妖精のしていることを見てしまうと、妖精は人間を発狂させるなどの報復に及ぶことがある。

妖精の騎馬行列/英雄妖精が年に一度、丘を騎馬行列で一巡りする。

 作品全体を構成するにあたり、それぞれのセクションのサウンドを「形」としてマクロに捉え、何らかの繋がりを持って次のセクションへ移行していくように配置した。また、あるセクションから別のセクションへと自然に移り変わっていくよう「モーフィング」というアニメーションの手法を意識した。

 同じように本作では、より生き生きとした音楽を作る試みとして、アニメーション製作にまつわる様々な手法等を、作曲の書法のヒントとして取り入れた。

作曲に応用、創作のヒントにしたアニメーションの手法等の一覧

・ゾエトロープ(回転のぞき絵)

・ビデオテープ(巻き戻し/先送り/逆再生/一時停止 …などの操作)

・ディズニーのアニメーターによる「アニメーションの12の基本原則」

◉Collectionism Ⅻ / ‘Harpy’ for Strings quartet (2018)

 「ハーピー 」とはギリシア神話に登場する幻獣。顔から胸までは人間の女性、腕の代わりに大きな翼が生え、 下半身は鳥の姿で鷲のようなかぎ爪を持つ。名前はラテン語で「掠める者」を意味し、死者の魂を鋭い爪で つかみ冥府に運ぶとされ、今日では醜い「怪物」としてのイメージが強調される。一方、古い時代には「風の精霊」であったという記述も残されており、風や鳥たちと肩を並べるほど速い、髪が豊かで美しい女性の外見を持つ「天使」に近い姿で描かれることもあったと言う。

 本作はこれらの特徴や逸話から感じたイメージを音にした幾つかのセクションで構成されている。

 また、この様に相反するイメージが共存し、時と 共にすり替えられていくことを音楽的に表現するため「モーフィング」というアニメーションなどに使われる手法をヒントにした。(ある形からある形へ物体を変形させる時、変形していく間の映像をコンピュータを使って補完する手法)

  それぞれのセクションのサウンドを「形」としてマクロに捉え、次のセクションへの移行は、このモーフィングが音響的に行われている。

◉Wave and Pulse (2019)

(こちらは6人の作曲家が同じダンスにそれぞれ音楽を付け、それによって作品の多様な側面を浮かび上がらせるというコンセプトの演奏会。テーマは”Pacific”)

 拙作は、音とダンスが一体になるように、振り付けのムービーを参考に音をひとつづつの動作に当てていきました。

 人は身体を動かすと、身体の内側で血の流れや心拍といった見えない拍が無意識に変化する。この目には見えない拍動が、生身の人間のパフォーマンスが私達に心動かす何かを与えることに関係しているのではないかと考えました。本作は、動作から生み出された音楽によって、その見えない拍動の波を音楽的に浮かび上がらせられないかを試みています。

◉Blink↔ʞnilᙠ for Orchestra (2019)

 本作は美術家・千葉紘香氏の「あなたにとっての庭園とは」という問いかけを発端とし、作曲された。

 私にとっての庭園とは、自分自身と対話をする場所である。植物、虫や動物の気配を静かに感じながら考えを巡らせていると、今までの価値観を全くひっくり返してしまう事に気づく。

 タイトルの「Blink」はまばたきの意味。まばたきをきっかけに世界の見え方がガラリと変わってしまう瞬間。「可愛い」と思っていたものは自分に牙を剥くかも知れない、「恐ろしい」と思っていたものは本当は自分の味方なのかも知れない―その様な体験をこの作品に込めた。

 作品は、庭園に配置された草木や人工物など様々なオブジェを見て回るように、それぞれ違った質感を持つ非常に短く断片的なモチーフを組み合わせて進行する。木の枝が揺れる様子、葉から落ちる水滴、規則正しく並ぶ石畳。音楽は次第に秩序立ったシステムに従って流れるようになる。

 作品の中間地点で心臓の音を模したバスドラムが大きく響き、まばたき(Blink)をすると、目の前の風景が反転した様に全く別のものに見え始める。各モチーフはグロテスクで強烈な音響に変貌してしまう。大きな転機を経たのち終盤では、冒頭とは異なる部分に焦点を当てた同モチーフにより音楽が再構成される。

 完成した本作を元に千葉紘香氏、Yayi Tang氏により映像作品が制作され、プロジェクションマッピングによる投影を伴い初演された。

◉Gemini Rabbits (2019)

 「うさぎ」は西洋、東洋を問わず様々な縁起物として親しまれている動物です。本公演テーマである「暗闇の朝課」を経て迎える復活祭でもうさぎは生命の復活と繁栄を祝うとされ、アイコンとして広く定着しています。

 この特殊な編成の作品を書くにあたり認識を改めたところ、私の中には響きを作る上で「西洋の古楽器」と「邦楽器」という分類が存在していて、それを無視出来ないことがわかりました。二つの世界をアンサンブルさせるため、これらの共通点を考える所から製作を始めました。まずは音を発生させる方法に注目し、その方法が近い(空気を送る、弾く、擦る…)それぞれの楽器が対になるように編成を決め、構成をしていきました。

 鏡写しの二つの世界。それぞれの世界のうさぎは双子のように呼応します。

◉Collectionism XIII / Pandemonium “百鬼夜行” (2019)

 本作は作曲家・ホリガーの作り出す音の世界からインスピレーションを受けています。音のわずかな揺らぎや息遣いと言った感覚が研ぎ澄まされる音楽は、現実との境界を曖昧にし怪しいものたちを誘い出す「異世界の入口」のように感じられました。「百鬼夜行」とは古くから伝わる怪奇現象の一つで、夜な夜な徘徊する鬼や妖怪たちの群や行進をさします。異世界から溢れ出た妖怪のお祭り騒ぎをお楽しみください。作品は大きく分けて五つのセクションからなっています。

1. ゆらゆら揺れる蝋燭の炎。暗闇には怪しいものが集まりやすい。(プーランクとも交流のあった作曲家・

  ファリャの「火祭りの踊り」から一部引用)

2. 妖怪の実体化。ものの怪ダンス。

3. セクション2から音の形の一部を切り取って展開。

4. セクション2から音の質感を一部切り取って展開。様々なものの境界線が曖昧になっていく。ファゴット

  で最低音とされるB♭以下の、出るはずのない音を感じる怪奇現象。※

5. また近づいてくる妖怪の行進。百鬼夜行の害を逃れるためのおまじないの詠唱。

 本作品の演奏に際し、真摯に向き合い、あらゆる相談に乗って頂いた奏者のお二人に、この場をお借り致しましてお礼申し上げます。

※音の高さの知覚には、ミッシング・ファンダメンタルという現象がある。ファンダメンタルとは基本周波数のこと。基本周波数を欠いた倍音列を聴くと、存在しないはずの基本周波数の音高が知覚される。ここではあたかもFgの最低音以下の音が基音として鳴り響いているように、重音によってこの原理に近い響きを作り出している。バーチャル低音(中川日出鷹氏による造語)。

◉わたし、めぐる (2020)

 この作品は、リモート合奏音楽とアニメーションが相互に影響しあいながら、日常を彩っていくさまを描くミュージックビデオ作品である。

 代わり映えのしない生活に聞こえてくる、野菜をきざむリズム、ふれ合った茶碗同士の響き、窓の外から聞こえる鳥のさえずり…。何気ない生活の音にふと耳を澄ませたとき、ふいに音楽が生まれ、音楽からイメージが湧き上がり、イメージがさらに音楽を変化させていく。

 今を生きるたくさんの人たちへ、「音」と「想像力」を軸として、家の中やちょっとしたひとときを楽しくするための気づきを届けたい。

◉Collectionism XIV / Mimic (2021)

  Mimicとは「模倣」を意味する英単語ですが、本作におけるミミックはロールプレイングゲームの中に登場するモンスターを指します。ミミックは、ダンジョンで宝箱の擬態をして、宝箱を開けてしまったプレイヤーに襲いかかるモンスターです。

 チューバはピアノの模倣を続けます。ピアノがチューバの模倣を察知して先導をやめると、模倣する対象を失ったチューバは様々な奏法によってチューバらしさを探り始めます。歌うようなチューバのセクションが終わったあと、思いも寄らない存在が介入するのが最後のセクションです。音楽は、少しずつこの存在を理解してコントロールしようとしながらアンサンブルを試みる設計になっています。果たしてうまく手懐けることが出来るでしょうか。

 音楽表現にも昨今様々なスタイルや手段があります。目的が手段に振り回されないように、自分らしく考えるための一歩になればという願いを込めながらこの作品を作りました。

◉SAVE POINT (2021)

 動画作品や配信での演奏会が増える昨今に於いて、以前までの「演奏会」とはどんな場所だったかを改めて考えようと思った。 演奏会に行き音楽を鑑賞すると、今までがリセットされたような気持ちになり、明日からまた新しい日々を始められるような感覚があった。その場で体験したことはいつでも思い返し、それは時に新しいアイデアに繋がることもある。これはテレビゲームでいうところの「セーブポイント」のようなものだと感じ、ゲームをモチーフとして演奏会用の作品を作ることができないかと考えた。

 本作では演奏者をゲームの世界、鑑賞者をゲームに参加するプレイヤーにみたてている。音楽に於ける「繰り返し」という要素を、小さな「セーブ」と「ロード」に置き換え構成した。小さなセーブとロードを繰り返すたびに少しずつ記録は書き換えられ、音楽は進んでいく。

 展開した音楽は情報が増えすぎるたび都合よくリセットされるが、その結果最後には今までの色んな体験が混ざった壊れかけのデータが再生されえる。この「リセット」という言葉は、ゲームにおいてはデータを初期化してまっさらな状態に戻すことを指すが、私たちプレーヤーには今までの記憶の積み重ねがあるので、全てを書き換えることは出来ない。積み重ねへの上書きは、これからも続いていく。

 本日の演奏会を一つのセーブポイントとして、この場での体験によって明日からの日々が改めて新鮮で面白さに満ちたものになるよう願っています。貴重な演奏会の場を作って頂いた東京現音計画の皆様に、この場を借りてお礼申し上げます。

◉Collectionism XV / Undine (2021)

 タイトルになっている”Undine”(ウンディーネ)は水の精霊。もともとは錬金術師パラケルススの唱えた四大元素の水を司る精霊として登場し、その後文学・音楽や美術といった様々な作品の題材になっています。湖や泉に住んでおり、本来は魂を持たない存在で、恋に落ちると魂が宿るとされています。性別はないが多くは女性の姿で描かれることが多く、虹色に輝く体に見えることもあると言われています。

 水は使い方によっては金属を切断することもできる恐ろしい素材です。ヴィブラフォンの持つ多くの表現方法と音色が、様々に状態変化する水の性質と重なり、水を操る幻獣ウンディーネをモチーフに選びました。

 作品の中ではセクションが変わるごとに状態変化していく水のイメージを音にしています。ヴィブラフォンのモーターという装置は風や電気などを想起します。モーターを使用するごとに作中の水の状態に影響を与えています。

 リハーサル時に雨が多かったことも思い出深い作品になりました。貴重な演奏の場を作って頂いた會田瑞樹さんにこの場を借りてお礼申し上げます。

◉ハイドンのおまじない (2022)

 「名前の綴りを音に置き換える」という古くから使われてきた手法について、実際に響く音と文字との関連性について昔から少しだけ疑問に思う部分がありました。そこでこの二つの点について自分なりの結びつきを見つけたいと思ったのが今回の作品のアイデアの発端になりました。

 話は変わりますが、昨年魔女をモチーフにしたファッションブランドのショップに伺う機会があり、現代魔女の思想や、魔女に伴う文化についてとても興味を持ちました。そこで魔女と関連の深い「ルーン文字」という文字体系があることを知りました。

 ルーン文字とは、古代ヨーロッパに於いて占いや儀式に使われていた文字です。その一つ一つにはそれぞれ象徴される「色」や「意味」があり、その文字の持つ意味からいくつかの文字を組み合わせてオリジナルの魔除けのマークを作ったり、自分の名前をルーン文字に置き換えたりと現代でも様々なシーンでルーン文字にお目に掛かることができます。

 このような文字の使い方を知った時に、クラシック音楽における音名象徴としての文字の使い方も、一種の「おまじない」のようなものに近いのではと感じ、アルファベットを音に置き換えた音列を使うことの意味を自分なりに見出しました。

ルーン文字 – Wikipedia ja.wikipedia.org

ルーン文字は現代のアルファベットに対応させることが出来ます。

 今回の作品では「HAYDN」のアルファベット文字列を「音列」と「ルーン文字」に置き換えた6つのセクションからなる作品です。音列として「シラレレソ」を使用する冒頭のセクションに続き、アルファベットをルーン文字に置き換えた際に対応するルーン文字が持つ象徴的な「意味」と「色」を音楽で表現しています。

 次にHAYDNに対応するルーン文字と、象徴される意味と色を紹介します。「HAYDN」をルーン文字に置き換えると「ᚺᚨᚣᛞᚾ」となります。

ᚺ  ハガル

雹・破壊・突然のアクシデント・明るい青

雹の様に点々と音が降ってきます。じっとして嵐が過ぎ去るのを待つ様なイメージのセクションです。

ᚨ  アンスール

口・コミュニケーション・暗い青

右手と左手でしゃべっているような構成になっています。左手は右手の言うことをだんだん聞かなくなります。

ᚣ  エル

死と再生・防御・暗い青

ピアノの蓋をしめてハイドンの作品の一節を弾きます。

ᛞ  ダエグ

始まりと終わり・夜明け・ルーティーン・光の力・明るい青

前のセクションからの再生の意味も込め、音列を使ったモチーフによるルーティーンで展開していくセクションです。

ᚾ  ニイド

束縛・必要性・忍耐・黒

冒頭の再現が展開されます。

 例えば少しだけでも日常の何かを変えたいと願った時、毎日帰る道とは違う道を使って行動する…こんなことを私は「おまじない」なのかなと思っています。

この作品を作るにあたって、ハイドンがもし音楽でおまじないをかけるとしたらどんな願いがあっただろう、と勝手に妄想しました。調性音楽や機能和声を確立した時代の音楽家と考えると、これからもそれらは強力なおまじないとして私を縛るのだろうなと感じます。(縛られているつもりはありませんが、調性的な響きは心で求めてしまうタイプで。)

 大きな流れというものを良い意味で疑う姿勢はいつもどこかで持っていきたい、と願いながら本作の作曲にチャレンジしました。