プログラムノート 小倉美春

プログラムノート 小倉美春

2023年4月20日

小倉美春

◉《ゆらぎ》(2016)

編成:2組の弦楽四重奏
演奏時間:13分30秒
初演:2016年6月17日 東京オペラシティリサイタルホール|見渡風雅、宮川莉奈、井出奏、新保順佳、北田千尋、若杉知怜、山本一輝、香月麗、田邉皓

私の尊敬する作曲家・演奏家は、「音は音のみで語られるべきであり、存在こそが必然である」と常に教えてくれる。その考え方に強く惹かれている私は、この曲でひたすらに音自身を見つめていった。2組の弦楽四重奏の中から生まれるひそやかな振動は、生まれながらにして既に呼吸を持ち、成長に従って私たちの捉えうる形へと導かれる。しかし振動は次第に摩擦を引き起こし、そのエネルギーはついには痛みを伴ったものとなる。私は、ひとつのゆらぎが、ゆがみへと変容していくさまを、音のたたずまいのみで表現しようと試みた。一方で、音の存在自体を価値あるものとするために働く「何か」の力によって、私は自分の痛み・ゆらぎと向き合うことを余儀なくされた。

その力は、きっと音のみが持つものだろうと信じながら、今日も私は「何か」を探し続けている。

◉《Réflexion géométrique》(2016-17) 

編成:ピアノ、打楽器
演奏時間:10分

打楽器とピアノという2つの楽器を組み合わせることは、非常に大きな挑戦であった。そのルーツが全く違うというばかりでなく、私にとって、ピアノは最も距離が近く、打楽器は最も遠く感じていたからである。作品の中で2楽器間の距離感を計ることは、私自身の2楽器への距離を体感する時間でもあった。2つの楽器は、互いに反射し合いながら、幾何学模様のように絡み合わされる。計れる時間と計れない時間の中で、この組み合わせの多様な存在のあり方を考察した。

◉《Qui bouge, dans la nuit?》(2017)

編成:ピアノ、エレクトロニクス
演奏時間:10分
初演:2017年2月25日 桐朋学園大学|渡邉理紗子

イメージを持って書く、それが音楽ではないものからだとすれば、音によってのみ表現される音楽にとっては、懐疑的な手段ではないかと考えていた。しかし、大作曲家たちの中には、音楽ではない何かから着想を得て、音楽としても説得力を持っている作品を遺した人物もいることは事実であり、複層的な思考という点で、音楽を深めるのに役立つはずであると認めざるをえない。今回私は初めて、音楽ではない何かを思い浮かべていた-それは必然のことであったがー両者に共通しているのは「動き」である。ただそれが何かを言ってしまうのはつまらないから、今日は「夜」という単語だけ記しておこう。「夜にうごめくものは何か?」ぜひ耳を凝らして見て欲しい。

◉《Mémoire fondue》(2017) 

編成:トランペット、ハープ
演奏時間:9分

人生で一番最初の記憶は何だろうか?
私たちが何かを認識できたとしても、それはある程度の年齢になってからのことであろう。しかし、母親の胎内にいた時からも、何らかの形での記憶は存在するのではないか。さらに言えば、私たちの祖先、否、それ以上までさかのぼって、人類そのものの記憶までも。記憶というものは不思議なものである。覚えているから記憶というのだろうが、忘れてしまったことにも記憶という言葉を使う。忘れられたからと言って、その記憶は決して無駄なものではなく、確実に現在の自分を形成している要素のはずである。記憶を辿るという過程は、自分の中では過去へ過去へと意識が向かっているにもかかわらず、自分の外の時間は未来へと向かっている。そんな魅力的な時間の中で、私たちが忘れてしまったかもしれない、何か過去の美しい、しかし溶けてしまった記憶を思い出そうとした。

◉《Feu improvisé》(2017)

編成:ピアノ独奏、パーカッション、管弦楽(18-6-4-2)
演奏時間:9分
初演:2017年10月12日 くすのきホール|小倉美春、田邉皓、桐朋学園オーケストラ

ピアノという楽器と長い間過ごしてきた私にとって、ピアノを書くことは難しいことである一方、 息の流れとともに音があふれるような瞬間も多く存在する。今回、演奏家としての身体から生ずるその感覚を大切につかみつつ、自分が経験したことのないような身体感覚を伴う音楽について考察した。即興とは、自由に見えるようで、実は身体と精神の徹底的なコントロールによって、初めて自由に聴こえるのではないかと思う。「記譜された」即興性は、ピアニストの身体を通して、火が燃え移っていくように、オーケストラに伝播していく。あるいはそれは、一つの衝撃を信号として共有していく様でもある。内から燃えているが儚くもある、どこか神経質な炎のイメージを、身体の延長とも言えるピアノを中心に託した。

◉《一節》(2017) 

編成:フルート、エレクトロニクス
演奏時間:5分30秒
初演:2017年10月31日 桐朋学園大|黒田静葉

フルートの音には、空気を切り裂くような強烈さと、包み込むような柔らかさがある。そのコントラストに惹かれ、詩のような、ある枠組みの中で流れる時間の内に、息のさまざまなかたちを置いていった。また、今作品においては、Maxの担う役割が決して楽器パートのキャラクターを増長するものとしてのみでなく、構造上の意味を持つものとしても扱われるように模索した。

◉《環》(2017-18)

編成:3台のピアノ
演奏時間:16分30秒
初演:2021年3月21日 B-tech Japan東京スタジオ|大瀧拓哉、小倉美春、廻由美子

ピアニストでもある作曲者にとって、ピアノ作品を書くというのは、いつも挑戦的である。3台のピアノのために作曲された今作品においては、次の2点に注目がおかれている。

1)「ピアニスティック」と言われている身体性からどのように外れるか。
2)1台のピアノ、あるいは2台のピアノでできないこととは何か。

1)に関しては、いわゆる「よくある和音の取り方」「手の形に沿った音形」をなるべく歪め、その新たな身体性によって、何か新しい聴こえ方が生じるのかという試みである。
2)に関しては、3人ピアニストがいることで可能になる音響や、3人いるからこそ同時に全ての音域で発音が可能であるという状況について、考察してみた。

加えて、全体が対位法的な概念を組み込むようにも心がけた。これは、ピアニストとして同時代の作品を演奏してきた中で、この点についてよく練られた曲に殆ど会うことができない状態からである。一パートそれ自身の対位法から、構造における対位法的な考え方まで、あくまで自分の作品はクラシック音楽の延長上にあるとの思いで、音をおいてみた。

◉《Labyrinthe》(2018)

編成:ピアノ独奏
演奏時間:7分
初演:2018年3月11日 オルレアン|小倉美春

今作品は、2018年オルレアン国際ピアノコンクールの1次予選で自演するために作曲された。自演にあたり、作曲家の自分と演奏家の自分が互いに互いを客観視できるよう、作曲の時点から心がけていた。とはいえ、演奏家としての私の強みはなんだろうか、とも考えた。その結果、今作品は「リズム」を見つめ直すものとなった。測れるリズムと測れないリズムの組み合わせは、以前から興味の対象であったが、新しい発音の形を模索した。同様に、身体性についても考慮した。これまで現代作品を演奏することによって新たな身体感覚を学んできたが、自分の身体が知らないような身体性を曲に落とし込むのは、ピアノ作品を書くとき大切にしていることである。この2点を踏まえながら、曲全体が一息で駆け抜けるように、しかしながらまるで迷路(Labyrinthe)のように入り組んでいる音響を目指した。

◉《Pas》(2018)

編成:ピアノ独奏
演奏時間:2分
初演:2019年1月29日 くすのきホール|小倉美春

“Pas pour piano”は”Labyrinthe pour piano”を聴くにあたり道しるべになるような作品として置かれている。こちらも新しいテンポの測り方と音響を模索することに集中している。

◉《Eruption géométrique》(2018-19)

編成:管弦楽(3-3-3-3/6-2-2-1/1pf/1hrp/1gt/5perc/26-10-8-6)
演奏時間:20分

大学卒業作品として完成された、大編成オーケストラのための作品。2016-17年に作曲された、打楽器とピアノのためのデュオ《Réflexion géométrique》でもテーマとなった執拗な測れるリズムが、様々なリズムの試みを経て解放される様子が描かれていく。

◉《Un autre chant》(2019)

編成:ヴィオラ、ハープ
演奏時間:11分30秒
初演:2019年6月15日 東京オペラシティリサイタルホール|山本一輝、小幡華子

今回初演させていただく”Un autre chant”(=もうひとつの歌)はヴィオラとハープのために書かれているが、2017年にトランペットとハープという編成で作曲された”Mémoire fondue”(=溶けた記憶)がベースとなっている。私たちが記憶を思い出そうとするとき、意識は過去に向かっているのに、身体が存在しているこの世は着実に時を刻んでいる。その現象に着目し、記憶を引き起こすある種の衝撃(きっかけ)と、記憶としてさえ認識されてないような、人間の深い部分での意識があらわになっていくさま、その2つの時間が、ヴィオラの歌う心とともに交錯していく。

◉《Credo》(2019)

編成:ソプラノ、弦楽四重奏
演奏時間:15分30秒
初演:2020年11月19日 東京オペラシティリサイタルホール|岡﨑陽香、吉村美智子、瀬川さくら、田原綾子、村松幸実、田邉皓

Credo。ミサの中では信仰宣言。クリスチャンであること、作曲をすること、その両方に何か結びつきを見出したくて、Credoを書く構想は、数年前から心に宿っていた。こえをうしなったあくまのはなし。しんじることができなかったあくまのものがたり。悪魔は自分自身を葬るために、自らの手でミサを執り行う。信じる、そんなことはできっこないさ、と嘲笑う悪魔へ、第三の声は語り掛ける。パウロに語りかけたキリストのように。しかし失うのは目ではなく、声。すがたかたちのなくなった悪魔は、なおも出なくなった声で問いかける。「信じるって?」

◉《enflammé》(2020)

編成:ピアノ独奏、管弦楽(1harp/4perc/12-4-4-4)
演奏時間:15分
ピアニストとしての身体を併せ持つ作曲者にとって、この作品における2つの試みは大きな意味を持つ。

1. 特にソロピアノパートに対して、どのように即興性を「記譜」するのか。
2. その「記譜された即興性」を、自身の楽器ではないものたちに、どう受け止めさせていくか。

即興的に「聴こえる」音楽を記譜するとしたら、どれだけの精密さが要求されるのか否か (そもそも即興性と精密な記譜は矛盾しているのかどうか)、そのとき演奏者の身体はどのように反応するのか、に興味があった。また、身体の中にある楽器と、身体性を想像することしかできない楽器のために同時に書く、それは私にとっていつも挑戦的である。 ピアノが紡ぐ音像は、楽器自身の分身に燃え移っていったり、歪められた信号として伝搬していったりする。様々に燃えている(=enflammé)状態は、思うに、作曲する私とピアノを弾く私の間で、常に起こっているものなのかもしれない。

◉《…Zwischen…》 (2020)

編成:ピアノ独奏
演奏時間:5分
初演:2023年4月25日 ストックホルム|小倉美春

2020年に行われたコンサートシリーズ〜「ピアノのために書く」とは〜vol.2のために作曲された。同演奏会で取り上げられたバッハのパルティータ第4番の中心音であるD(レ)、そしてホリガーのパルティータの開始音でもあるD(レ)、この2つのD(レ)を紐付かせる助けとなるような作品を目指した。また、2つのパルティータ、つまり形式(=枠)がある程度定まったものとの対比として、今作品では即興的に聴こえるよう書くことを考えた。
題名の…Zwischen…はドイツ語で「〜の間」という意。何語で考えて作曲するか、はとても興味深い問いで、曲中楽語などを指定する際にも、以前はイタリア語、英語、そして私の第二言語であるフランス語で書くことが多かったが、フランクフルトで勉強を始めてから、これはドイツ語のあの単語でないと表せない、と感じることも増えてきた。それに伴い、今回初めて題名をドイツ語で付けてみた。

◉《Pierrot’s eyes》(2021)

編成:チェロ独奏、管弦楽(16-6-4-3)
演奏時間:11分
初演:2021年4月1日 リヴィウ|Denys Lytvynenko,/Roman Kreslenko/KLK String Orchestra

2019年に流行し物議を醸した映画『ジョーカー』。主人公がピエロに扮するときの強迫的でどこか悲しい目が忘れられず、筆をとった。また、ドビュッシーやシェーンベルクに代表されるように、ピエロの声としての役割を担ってきた楽器・チェロに、私なりのピエロ像を託したかった。ソロチェロと、中央に配置される弦楽オーケストラの低弦は、ピエロの声そのものを表す。左右に二群に分けられたヴァイオリンとヴィオラは、それぞれピエロの左右の目を表し、声に反応していく。右目を担当するグループIIは、いつもどこか歪んでいる。だんだんと狂っていくピエロの踊りと、悲しい歌。
作品は、2021年4月にリヴィウで初演された。

◉《Lucifer》(2021)

編成:ソプラノ、ヴァイオリン、ピアノ
演奏時間:13分30秒
初演:2021年6月18日 東京オペラシティリサイタルホール|岡﨑陽香、北田千尋、尼子裕貴

この作品は、2020年に初演された、ソプラノと弦楽四重奏のための《Credo》の前編として発想された。《Credo》では、司祭に化けた悪魔による、自らを葬り去るミサが描かれたが、なぜ悪魔はそうしなければならなかったのか、今作では問うている。テキストには、聖書内の天使/悪魔について記述されている部分を選んだ。特に先が見え辛い昨今の情勢において、悪魔の呟き、そして叫びは、どのように響くのだろうか。

◉《HITOGATA》(2021)

編成:ヴァイオリン、チェロ
演奏時間:12分

ドイツに住んで2年近くになろうとしている頃、この作品は書かれた。ドイツに住んでいる日本人として、特に作曲面でぶつかる壁はとてつもなく大きかった。日本人の私が、この世界でできることはあるのだろうか、そもそも私が作曲する必要はあるのだろうか、そんなことを考えながら、「ヨーロッパの枠組みに入ろうとする自分」と「それでも日本人でいたい自分」の差異を初めて見つめたのが、今作品である。きっかけとなったのは人形浄瑠璃。日本にいた頃はあまり心を寄せていなかったあの声や、人形を操るその手先が、自分の中に今まで聴こえていたのかもしれないが見逃していたような音を、執拗に聴かせた。曲中でも、現実世界でも、私の立ち位置はまだ定まっていないけれど、これからもその差異をしっかり見つめなければと思う。

◉《Call〜あなたとわたし〜》(2021)

編成:ソプラノ、ピアノ、エレクトロニクス
演奏時間:32分
初演:2021年11月12日 サロンテッセラ|薬師寺典子、小倉美春、向井響(エレクトロニクス制作)|テッセラ音楽祭委嘱作品

あなたからわたしへ。わたしからあなたへ。
呼びかけるその声は、ときには優しい甘さを含み、ときには喉が切り開かれそうなほどに切羽詰まっている。呼ぶ、という行為は、あなたという対象を通して、深く終わりのない世界に身を捧げることだ。この作品では、様々な「あなたとわたし」という関係性が、互いに互いを呼び合っているそれは、向こう岸に行ってしまったあなたのためかもしれないし、水面に映るあなたの姿をしたわたしのためかもしれない。

◉《聲》(2021)

編成:ヴィオラ三重奏
演奏時間:6分
初演:2022年1月1日 オンラインでの動画公開|Trio Estatico(笠川恵、John Stulz、Paul Beckett)

世界に存在する言葉のほとんどが発音記号で表記可能と言われているが、記号と記号の間に存在するであろう音、あるいは英語が共通言語となってしまった世界において消えゆく言葉たち、どんな言葉を使おうと私たちが感じることのできる聲、それをヴィオラという「楽器」で聴き取ろうとした。今作品は、ヨーロッパの現代音楽アンサンブル(アンサンブル・モデルン/アンテルコンテンポラン/クラングフォルム・ウィーン)各ヴィオリストからなるTrio Estaticoのために作曲され、YouTube上で初演された。

◉《Sillage de lignes》(2022)

編成:ピアノ独奏
演奏時間:8分
初演:2022年4月5日 オルレアン|谷口知聡

2022年オルレアン国際ピアノコンクールにて、谷口知聡さんが演奏するために作曲した。一次予選で彼女が演奏する他の曲が持っていないような音の性格・態度を、彼女のピアニズムを生かしながら描くこと、同時に彼女の新しい魅力を引き出すことが課題であった。邦題は《線の残り香》。ソステヌートペダルを駆使することによって、左右の手で様々に組み合わされる線たちが、どのように残像を残していくのか(あるいは残さないのか)を考えた。

◉《Zerfließen…》(2022)

編成:クラリネット、アコーディオン
演奏時間:14分
初演:2023年1月31日 モンタバウアー|Heather Roche、Eva Zöllner

今作品は、アコーディオンとクラリネットのデュオ Zöllner-Roche-Duoのために作曲された。
作品のアイデアは、とある研究にて「分解」の概念を知ったところから始まっている。「分解」と聞くと、何かがバラバラになって終焉してしまうような、ネガティヴな響きがするかもしれないが、実はそれがより豊かなものへと循環していく…何かを積み重ねていくのではなく、解いていくことによって時間を紡いでいく、ある種矛盾した持続を創りたかった。それは、これまで自身が作曲するにあたって信じてきたものへの、アンチテーゼでもあった。2つの楽器は、その試みには最適な編成であった。どちらも音量面でゼロ、あるいはマイナスから始めることができる。また、両楽器ともグリッサンドが可能という事実は、時間が溶けていく様子や、2つのものの存在の境界が揺らいでいく様子を表現するために、重要であった。

◉《空間と密度についての考察》(2022)

編成:チェロ、ピアノ
演奏時間:12分30秒
初演:2023年1月26日 フランクフルト|Philine Lembeck、小倉美春

自身とチェリストPhiline Lembeckが組むデュオのために作曲された。今作品が初演される演奏会において、他にプログラミングされた曲(バッハ=シューマン、シュニトケ、デュサパン)へのオマージュをそれぞれ作曲し、3曲バラバラでも、まとめて弾いても成立するような構想を元々は持っていた。デュサパンへのオマージュを書き始めたところ、最初の要素が、長い持続の中で展開されるべき性格を持った興味深いものだと判断したため、1曲として構成することになった。仏題は《Étude sur le vide》。2つの点を意識しながら「エチュード」に取り組んだ。まずは、現代音楽に触れ始めた音楽家にとって、リズムの良い訓練となるようなものを書きたかった。常に複雑な方向を追い求めてきた私にしては比較的シンプルな、しかしながらグルーヴ感を生むようなリズム。そして、私自身が音で埋め尽くされていない「空間」を描けるかというエチュードでもあった。これらが組み合わさって、様々な密度と空間のヴァリエーションが展開されていく。

◉《滲み》(2023)

編成:ピアノ独奏
演奏時間:20分
初演:2023年4月25日 ストックホルム|小倉美春

2023年春にスウェーデンで行われるプロジェクトのために書かれた作品。2020年恩師の還暦祝いのために作曲した「星は遠くに…」が元となっている。「星は遠くに…」はとある個人的な出来事と結び付いていて、満天の星空をただ享受していたあの夜を思い出す度に、少々感傷的になるのである。その小品が、いくばくか展開してほしそうに私を待っていたこともあり、少し時間を置いたあと、続きを紡いでいった。書いているうちに、「滲み」が主題だと分かった。音程が12に定められているこの楽器から、鳴るはずのない音程を聴こうと試みた。ある種技巧性に注目していたこれまでのピアノソロ作品と比べて、どのようなものが滲みでているのか、私自身も興味深く思っている。