電子音楽の探求
——論考では、最初に興味を持ったのはダンスミュージックだったものの、いわゆるクラシック音楽の作曲家になろうと決心し、ピアノを習ったと書かれていました。 当時のお考えを伺いたいです。 (小島)
大久保雅基さん(以下、大久保): もともとクラブミュージックを作っていましたが、それで生活していけるとは思えませんでした。作曲を仕事にするならば、劇伴音楽などの分野に進みたいと考え、そのためにはクラシックの理論を勉強する必要があると思いました。その結果、いわゆる「打ち込み」系の音楽とクラシックとの両方が学べる洗足学園音楽大学の音楽・音響デザインコースを目指しました。
入学して電子音楽の作曲を続けているうちに、もっと創造的でマニアックな作曲方法を追求したいと思うようになりました。そこで MAX/MSP などのプログラミングを始め、ノイズミュージックにも手を出し始めました。その中で、電子音楽の分野で現代音楽が実現できることを知り、専門の先生に習うようになりました。ただ、結果的に「この分野は仕事にならない」という現実に直面することになりました。それで卒業後も進路について悩んだのですが、IAMAS(情報科学芸術大学院大学)に入学することにしました。
——IAMASではどういったことに取り組まれたんですか。 (小島)
大久保: IAMASでは三輪眞弘先生に師事しました。作品のアイデアを先生のもとに持ち込み、その矛盾点や構成などについてひたすら話し合い、繰り返し考えました。技術的な部分は、コンセプトがおおよそ定まってから、場当たり的に習得していくかたちでしたね。一般的な作曲科よりも手を動かさず、大枠が決まってから制作を進める流れだったと思います。
——修士論文のテーマは「シアターピースとしてのコンピューター音楽」というものだったそうですね。このコンセプトについて説明していただけますか。(小島)
大久保:大学院に入学するまでは、クラシックの勉強はしたものの、管弦楽法などを集中的に学習したわけでもなかったので、どこかでオーケストラへのコンプレックスがあり、器楽の曲がなかなか作れずにいたんです。他方で、電子音響音楽を地元の友人やダンスミュージックの人に聞かせても反応がいまひとつでしたし、電子音響音楽は、結局のところ、専門家の人たちが音の合成や変換の仕方を分析したりして楽しんでいる音楽にすぎないと感じるようになっていたんです。そうしたことがあって、電子音楽的なルールで作曲をし、それを現実空間で人間に演奏してもらう曲を書くことにしました。それについて「シアターピースとしてのコンピューター音楽」という考えでまとめたんです。
電子音楽のルールを生身の人間が演奏する
——その修士課程で書かれた作品のひとつが《はーもないぞう》(2015)ですね。この作品について説明していただけますか。 (小島)
大久保: これは岐阜県のサラマンカホールに設置されている「辻オルガン」のためだけに作られたサイト・スペシフィックな作品で、オルガン奏者ではなく2人のアシスタントが演奏します。重しを足鍵盤に置いて鳴らしっぱなしにした状態で、演奏者が与えられたアルゴリズムに従ってオルガンのストップを操作します。倍音をシンセサイズしていくようなイメージですね。器楽の演奏ではありますが、パフォーマンス的な要素があります。
——アルゴリズムに基づく音楽構造は、どのようなものですか。(小島)
大久保:オルガンのストップの数を因数分解した上で、何個おきで操作するかということや、テンポは60(1秒に1カウント)にするといったルールを決めました。ストップ全てを操作するのにかかる時間を計算すると大体5分になったので、それを2回繰り返すことにしました。1回目はストップを引き、戻す動作にし、2回目はゆっくり引いた後に止める動作にすることで音がどんどん重なっていき、複雑な音響が生まれるという構成です。
——このようにルール先行で作曲をする際、例えば、リハーサルで実際に鳴る音を聴いた後に、遡ってルールを変更することはありますか。それとも、一度ルールを決めたら、もう調整せず、出てきたものを受け入れるのでしょうか。(原)
大久保:《はーもないぞう》に関しては、音を聴いてから調整するということはしていませんね。録音では分かりづらいのですが、現場では本当に微細な倍音が少しずつ重ねられていき、素晴らしい効果を生んでいました。
——演奏時のルールの成功・失敗についてはどのように考えていますか。例えば、師事されていた三輪さんの作品では、ルールに失敗した際のリカバリーの回路が用意されており、それも作品の構造の一部になっていますよね。(原)
大久保:《はーもないぞう》や一部の作品はルール厳守で、失敗は失敗です。最近のアニメーション楽譜を用いた曲では「できれば完璧に演奏してほしいが、難しければ音符を飛ばしてもいい」というものもあります。そういう作品では、大体の音符が演奏できれば良しとしています。
——電子音楽のルールを生身の人間が演奏する作品にはどういった可能性があると考えますか。(原)
大久保:それは難しい問いですね。器楽と電子音楽の作曲はそれぞれ別の道を歩んできたと思いますが、電子音楽が培ってきたテクノロジーを器楽に適用することで、ただの電子音楽でもただの器楽でもない、両者が融合した新しい音楽を作りたいし、それを体験した方が同様の音楽を作ってくれたら嬉しく思います。現段階では電子音楽的なルールに基づいて演奏してもらう作品が多いですが、今後は演奏家が自発的・即興的に音を決めるような形式にも取り組みたいと考えています。ルールがありつつ、演奏家の方の個性も出るような作品です。
楽譜をめぐる実験
——大学院修了後の、楽譜をめぐる実験について伺いたいです。(小島)
大久保:まず「動的楽譜システム」というものを考案しました。演奏していただくためのインストラクションやプログラムファイルは存在しますが、上演中にリアルタイムに情報が変わるもので固定された楽譜ではありません。例えば《トリチャン大好き倶楽部》(2023)という作品は2人以上の演奏家を前提としていますが、演奏する楽器や人数に合わせてプログラムを修正し、ルールや音域を若干変更します。そのため、同じ作品でも出てくる音は異なるわけです。初演は弦楽四重奏、再演では韓国の伝統楽器のカヤグムの二重奏で演奏してもらいました。
——論考に「図五」として示していただいた曲ですね。譜面上にある緑色のD・B・D・Gという音高と、上演中にスクリーンに表示される三角形の図形は異なりますが、両者はどう対応しているのですか。(小島)
大久保:スクリーンの縦軸は弦楽四重奏の全音域に対応しています。縦位置でスキャンされると、高さに応じてピッチが演奏者に送られます。上の方であればヴァイオリン、下の方であればチェロというようにですね。「図五」は奏者が見ている楽譜です。
他には電子音楽のルールからすれば一般的であっても五線譜ではできないことを器楽でやろうという発想から「アニメーション楽譜」というものを考えました。アニメーションにすることで、指揮者がいなくてもテンポが同期できるため、あえてテンポをバラバラにして演奏するなど、色々な挑戦ができます。自分では、リチャード・バーレットなどの作曲方法に近いと思っています。一つ一つの音を作り込まずに、ある程度の範囲の音をルールで定めて、セクションごとに鳴る音を想像した上で作曲しており、アルゴリズム作曲と新しい複雑性のかけ合わせのようなイメージを持っています。
ただし、最近気になるのは、出てくる音響が単調になりやすいことですね。いわゆる王道な現代音楽を聴く人々も満足できるようなダイナミクスなども取り入れなければならないと感じています。もっとも、わかりやすさを求めるために自分のコンセプトや作風を曲げるのは違うと思います。あくまでも自分がやりたいことを多くの人に理解してもらうために、わかりやすいものに昇華する必要があると感じています。
人工知能と「他者」
——《sd.mod.live》(2018-2019)は、スネア奏者の関聡さんによる即興をサンプリング・加工した音を用いていますね。ステージ上には関さんの身体はないけど、加工された音があり、しかも舞台上にはその身体を想起させるようなスネアドラムが置いてあるという、いわば三重構造になっています。どういった意図があるのでしょう(小島)
大久保:もともと振動スピーカーを楽器に取り付けることで、誰かが叩いた演奏を再現できることに感動し、これを用いた作品を作ろうと思いました。ガチガチに作曲するよりも、その人の手癖のようなものがあると良いと考え、関さんに即興演奏を依頼しました。《sd.mod.live》ではその即興演奏を私が再構築した、コラボレーション的な作品です。サンプリングされた音というのはどうしても、その音が舞台上で鳴ることに対する正当性が失われがちです。しかし、映像と一緒に再生すると「どういうスティックの振り方でこの音が鳴ったのか」ということがわかるようになります。いわば音が鳴った理由まで一緒にサンプリングされるんです。創作していておもしろかったのは、奏者の振る舞いがデジタル的にトリミングされ、ループされ、スローになったり速くなったりすることで、デジタル世界が現実世界に投影され、通常の演奏ではありえないようなデジタルで離散的な刻みができたことです。
——近年のAI、人工知能の台頭を受けて大久保さんの創作観が変わったところはありますか? (小島)
大久保:すぐにAIの時代が来るだろうと思い、もともと自分で勉強していました。AIという技術そのものは、ただ計算をしているだけなのに、多くの人はそれを「他者」や「新しい生き物」のようにみなすところが面白いと思っています。私の最近の作品でも、AIを取り入れています。例えば、バーチャル空間で車が障害物や壁を避けながら走行する作品は、AIが動いた軌跡を音楽にすることで、実際にはそこで起きているのは単なる計算のはずなのに、「AIが頑張って避けている」という印象が湧きます。サウンドインスタレーションでは、地域の方々に操作してもらったデータをカブトムシのアバターに学習させ、カブトムシがボールに触れると楽器が演奏されるという作品も作りました。これらは人工知能という「他者」によって音楽が生成されていくような作品といえます。
——つまり大久保さんは、作品内の「他者」のような役割を人工知能に担わせており、人工知能は決して大久保さんと同じ位相にいて創作を脅かすような存在ではないということですね。(小島)
大久保:そうですね。今後、何でもできる汎用的なAIが進化してくると、より擬人化され、「他人」のように見えてくると思いますよ。近年では音楽制作に特化したAIも普及していますが、それは結局、過去のデータを学習させてそれっぽいものを作っているにすぎないので、その構造で音楽を作っても新しいものが生まれないと考えています。それよりも、人工知能を一人の演奏家のように捉え、それが人間と共同で音楽を作り上げるという視点で扱った方がAIとも良好な関係を築けるし、創作として面白いのではないかと考えています。
——最後に、今後の展望について伺えますか。(原)
大久保:やるべきことが定まってきたという気持ちがあります。例えば、振動スピーカーやアニメーション楽譜をいかに新しい音響につなげるのかというところに注力しなければならないと考えています。これまで音楽の構造をどう作るかという点に焦点を当ててきたことで、周囲に理解されにくい音楽になってしまっているという実感があります。今後は、多くの人が私のコンセプトを理解できるような、音響的な面でストーリー性があったり、あるいは演奏家にとっても面白い楽譜を作りたいと考えています。演奏者と私のアイデアが融合し、その人にしかできないようなパフォーマンスが出てくる、そういう作品を作りたいです。
2025年7月2日
Zoomにて
インタビュアー:小島、原
