プログラムノート 池内奏音

プログラムノート 池内奏音

池内奏音

◉オペラ《押絵と旅する男》(2023)

本日は、オペラ「押絵と旅する男」にご来場いただきまして、誠にありがとうございます。
本作品は、公演の企画をしました池内奏音の大学院修士課程の修了作品として、作曲されました。
あれはそう、私が大学に入学してまもない頃の話です。

当時の師匠だった前田守一先生と歓談をしていました。
「君が将来もしオペラを書く時が来たら、題材何が良い?」
「そうですね、小説を読むのが好きなので、何かしらの小説から作りますかね。」
「何言ってるの、君はもう決まってるじゃない。乱歩でしょ。」

私が小説家の中でもとりわけ江戸川乱歩を好んでいることを、先生はご存知でした。
そして先生のこの言葉が不思議と私の胸にストンと落ち、自分はいつか江戸川乱歩の作品、中でも最もお気に入りの「押絵と旅する男」でオペラを書くのだと確信したのです。
それから七年が経ち、ようやく実現できることをとても嬉しく思うと同時に、現実ではないかのような不思議な気持ちを抱いています。

本公演の会場である京都市立芸術大学は、半年後に移転を控えています。移転前に、このキャンパスの、このホールでオペラの公演ができますことを、嬉しく思います。
最後になりましたが、本公演の開催にご尽力いただいた関係者の皆さま、ご指導いただいた酒井健治先生、そして新しいオペラの初演の目撃者となる皆さまに深くお礼申し上げます。
どうぞ最後までお楽しみください。

————新作オペラ「押絵と旅する男」(2023) 公演パンフレットご挨拶文より

◉《ペポリカ ピリカ レパプリカ》for Alto saxophone solo(2020)

私はごく普通な演劇好きであるが、ふと演劇的な身体的表現を音楽に取り入れようと思い、試みた作品である。その動きは具体的な何かを表現しているわけではなく、抽象的な表現となっている。強いて言うならば、音と連動している、としておくと丁度良いかもしれない。体の動きや演出の指示も、もちろん楽譜に記載してある。ある種、シアターピースとも捉えられる本作。身体運動や照明演出に目が行きがちであるが、その裏で音楽の構成に大きなトリックが仕掛けられている。時間芸術ならではの仕掛けであるが、あなたはそれに気づくことができるだろうか。

————池内奏音 個展「ボーダーレス回廊」(2023)より

◉《スクエア・ポルターガイスト》for 2 Violoncelli(2023)

Ⅰ. ストライプ Ⅱ. ボーダー Ⅲ. スクエア

「スクエア」とは都市伝説であり、英語で四角形、すなわち四角い部屋を意味する。

部屋の各隅に4人が一人ずつ立ち、一人が隣の隅へ移動し、次の人が次の隅へ移動し、玉突きのようにリレー方式で一人ずつ移動していく。これを繰り返すと、4人目が1人目の元まで辿り着くために、隅をひとつ通過しなければならない。しかし誰も隅を一つ通過するタイミングがなかったことに気づき、いつの間にかひとり増えていた、という話である。

都市伝説の元は雪山で遭難した山岳部の学生たちの身に起きた話である説が有力である。

この作品の大きなテーマは「聴覚上での人数変動」である。舞台を見ればチェロ奏者二人とわかるが、試しに目を閉じて曲を聴くと、曲の中で編成の人数が変わっているように聴こえる、という現象を目指した。具体的には、同一音の反復による思い込み、微分音を用いた少しの歪み、ポリフォニーによる声部の増幅などである。この理念とスクエアの伝説を重ね合わせて作曲した。

初演時は、【Ⅲ.スクエア】のみで「スクエア・ポルターガイスト」として演奏されたが、再演するにあたり改訂を試みた。まずスクエア(四角形)を縦(ストライプ)と横(ボーダー)に分けコンセプト化し、ミニマル且つコンセプチュアルなこの作品の表現をより強固なものにする狙いだ。本演奏会のテーマ「ボーダーレス」にもどこか通ずるものを感じる。

————池内奏音 個展「ボーダーレス回廊」(2023)より

◉《ハ”ク”・ホ”ータ”ー》for Violin and VOCALOID(2023,2025)

VOCALOIDという歌声合成ソフトを使った電子音と、アコースティックの組み合わせの作品である。 本演奏会のテーマ「ボーダーレス」は、”多様な表現媒体との邂逅”であるが、この作品の”ボーダー”とは、夢と現の境界線。実によくあるテーマであるが、私はこのテーマを大変好んでいる。これまでも事あるごとに現実とそれ以外との対比をテーマにすることが多かったが、今作はそれをアコースティックとエレクトロニックで表現した。 また、これまでの自身の表現にポップカルチャーやエンターテイメントからの影響というのは濃く表れているが、今後より一層その分野との積極的な関わりを行おうと考えている。今回の「ボカロ」とのコラボはその足掛かりになるだろう。

————池内奏音 個展「ボーダーレス回廊」(2023)より

◉《コールド×コード》for Piano and VOCALOID(2023、2025)

 『ハ”ク”・ホ”ータ”ー』に続きこちらもVOCALOIDを伴う作品である。

加速する情報化、溢れかえるコンテンツ、求められるタイムパフォーマンス(タイパ)。消費し消費されるだけの世の中。深刻に気味が悪い。作中、数字やコードが巡音ルカの声によって発せられるが、それは様々な情報言語(Uniコードやビット列など)で“execute”と唱えられている。無機質な数字やコードからなる冷たい世の中と、巡音ルカの機械的な声を重ね合わせた。ちなみに、executeは「実行する」という意味であるが、「処刑する」という意味も含んでいる。

————池内奏音 個展「ボーダーレス回廊」(2023)より

◉《ミッドナイト・キョウト》for Vibraphone solo(2025)

私が京都を愛おしく思う瞬間——それは「真夜中」である。
深夜の大通りには、一日で出たゴミが白い袋にまとめられ、ずらりと道に並ぶ。
これが私には、昼間の人の往来に揉まれて疲弊した街の“膿”のように見えてしまうのだ。それを見ていつも思う。
「ああ、今日も一日お疲れさま」と。
また、京都といえば「お上品」「風流」といった印象が強いが、一方で常に新しいものを求め続ける、そんな空気がこの街には流れている。ニッチで、実験的で、アングラな京都も、私が好きな京都のひとつだ。
《ミッドナイト・キョウト》では、この“vivid”で(私にとっては)煌びやかさと薄暗さを兼ね備えた街の側面を音として、そして美しい街にとって異質な存在の“膿”の部分を少しの「バグ」として作品に落とし込んだ。
この曲は“夜の京都“という言葉から多くの人が連想するような音楽ではないかもしれない。しかし私にとってはこれが夜の京都であるのだ。

————「Re:シェーンベルク Vol.1 【新訳】浄められた夜」(2025)より