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タコツボから這い出る 小林夏衣

SHALL I BUILD A DAM? 
von KAI KOBAYASHI
© Judith Buss

                             

タコツボから這い出る

                                         小林夏衣

 丸山眞男という人が、近代日本の学問や文化、そして社会の組織形態を「タコツボ型」と形容した。対して、古代ギリシャー中世ールネッサンスと長い文化的伝統を経て、専門・個別化していった西洋の文化は「ササラ型」と呼ばれた。日本に近代西洋科学が移入された時期のヨーロッパは、前時代の包括的で総合的な学問体系から急速に専門化現象が進んだ頃であり、専門的な知識がその根幹にある共通の文化思想から切り離され、はじめから細分化された形態で日本に入ってきた。そのため、「学者というのはそういう意味の専門家である、個別化された学問の研究者であるということが、少くも学界では当然の前提になった1」。

 ドイツに来て二年目の頃、私はドレスデン音大の大学院生として、機会があるものには——時折、訳も分からぬまま——すべて参加し、一方通行にひたすら流入される情報の渦の中に身を置いていた。この丸山の考察を読んだのは、そうした経験を反芻し、自分の考えを深める時間をようやく持てるようになった頃だったと思う。そして、それまでの作曲家としての自分の態度を顧みたときに、この「タコツボ」という言葉で腑に落ちる感覚があった。

「音楽のよさや美しさを味わう」

 この表現にピンとくる人は、おそらく音楽の教職課程を履修した経験があるだろう。文部科学省が定める『中学校学習指導要領』では、「〔……〕音楽のよさや美しさを味わって聴くことができるようにする」のを、音楽教育の目標の一つとしている2。教職課程を履修していた当時、私自身でさえ達成できているのかどうか分からない、この壮大かつ哲学的な目標を中学生に課すことに、正直困惑した。そして、そもそも、どれほど理論的な裏付けや根拠があったとしても、「よさや美しさ」を定めて「教える」ことが許されるのだろうか、と。

 日本語で 「美学」と訳され使用されているÄsthetik(独)の起源はギリシア語で3、その動詞形αἰσθάνομαιは、(感覚的に)感じる・知覚する、という意味を持つ4。松尾大の訳書であるバウムガルテン(1714-1762)著『美学』(1750/62)の訳註では、「美学」と翻訳され、本のタイトルそのものでもあるaesthetica(羅)という語の出自について言及されている。バウムガルテンは1735年の『詩に関する諸点についての哲学的省察』の中で既に、哲学文献としては初めて、この語を用いていた5。その時点のバウムガルテンは、高次の思考力による認識(論理学)と対比し、感覚的知覚により認識されるものを扱う学として(そこには、想像や幻想の中で認識されるものも含まれる)、aestheticaを定義していた6。松尾の訳註は、以下のように続けられている。

〔……〕この箇所でも、「美」は、形式上も定義の中心部分(即ち「美学は感性的認識の学である」)を補う括弧の中の四つの成分7の一つにのみ現れる(即ち「美しく」)だけであり、実質的にも感性的認識のうちで完全なもののみが「美しい」と形容されるのであるから(§14参照)、厳密に対象の観点からすれば、”aesthetica”に「美学」なる訳語を充てるのは適当でなく、むしろ「感性学」の方がよいかもしれない。しかしながら、aestheticaで問題となるのは感性的認識の完全性と不完全性のうち、専ら前者、即ち美の方であるから、「美学」を訳語として採用することにする。

—アレクサンダー・ゴットリープ・バウムガルテン『美学』(松尾大 訳)、講談社(2016)、10頁(Apple Books)

 aestheticaの定義に関して、バウムガルテンはMetaphysica (1739) § 533で「感性的認識」と「感性的描写」を並列して記述している。「〔……〕彼にとって、感性的な認識の獲得そのものと芸術的造形におけるその表現が不可分に結びついていること」は当然のことで、『美学』においても、受容的思考と生産的思考の両面が「感性的認識」という一つの言葉に集約されていることが、訳者の概説で指摘されている8。著者自身による数回の改訂で、Metaphysica § 533でのaestheticaの語には、ドイツ語で »die Wissenschaft des Schönen«(美の科学)という註がつけられた9。この変更が単なる註として追加されたことからも、完全性とされる「美」が(「不完全である醜」に対して)、いかに当然に価値を見出されたのかということが読み取れるだろう。

 私自身の経験に戻ると、「美しさ」は今も昔も、私の中の大問題である。記憶を辿っていった源泉として思い浮かぶのは、「ピアノ(の鍵盤)を叩いてはいけない」だ。それ以来「美しさ」は、かなり長いこと、私にとっての芸術の——とりわけ生産的思考の面における——ひとつの大きな指標になってきた。その「美しさ」は、音そのものに表れなくてはならない、なぜなら私は、音を扱う人間として鍛錬を積んだのであり、そのように「専門的」に学んだ分野についてだけ語る資格があるのだ、と考えていた。とんだ「タコツボ型」作曲家である。加えて、自分を作曲家と呼ぶのもおこがましい、なにしろこの道は険しく、一生かけても習熟できないかもしれないのだから、とも。
 タコツボ的な「美しさ」追求の過程でも、多かれ少なかれ、自分の「美的」視野の方向性に変化はあった。伝統的西洋音楽語法を学ぶ中で目指していたのは、対象物主観の美的判断(つまり、「これは、美しい」)の獲得であったと考える。それが「現代音楽」に携わることによって、より個人的な判断に基づく、鑑賞者主観——作曲家としての自分の位置付けは難しいが、生産的思考には自動的に受容的思考も含まれていると考える——の、「これは、私にとって美しい」、に移行していった。

「美しさ」という呪縛

 鑑賞者主観で(つまり、「これは、私にとって〇〇」、と)判断するとき、私たちは同時に、対象物主観の判断を参照するのではないだろうか。架空の話だが、ある演奏会でとても退屈な二時間を過ごしたとする。そんな場合の時間はとても長く感じられ、様々な考えを一通り巡らせるだろう。何度か、それでも自分がそこに座っている意義を見出そうと試みるも失敗し、そうすると今度は、周囲の人々がどんな時間を過ごしているのか気になってくる。自分が何か間違っているために、自分だけこの時間の価値を「理解」できないのではないか、という考えも浮かぶかもしれない。私たちは、自らの判断基準が、過去の経験と学びによって裏付けられていることを知っている。
 ある程度の「普遍的主観性」が、いまなお存在することは、経験上認めざるを得ない。でもこの観点は一体誰のもので、その実体はどこにあるのだろうか。カントの時代のように「 すべての人に(für jedermann)10」当てはまる普遍性というものを語ることは、もうできない。賞レースの場と化しているクラシック音楽界においてさえ、審査員の美的判断がそれぞれ、かなり異なっているのは、周知のことだろう。はたまた私は今、「美しさ」の呪縛から逃れる方法を考えているわけだが、それも単に、今ある「美しさ」の概念を脱して、新たな判断の基準を作るだけかもしれない。このように「美しさ」とは、ゆらぎやすく、また、判断する人間のそれまでの経験に大いに依拠するものなのだ。そして、この経験というものはまた、何がどこに、どう繋がっているか、それは複雑に絡み合っていて、現代の私たちの音楽体験の多様さを考慮するだけでも、解きほぐすのは難しく思われる。

 『中学校学習指導要領』内の「美しさ」という言葉は、音楽と美術以外の科目では一切見られない。ちなみに音楽では(三学年すべてを対象としているので、内容の重複はあるが)7回、美術には20回登場していた。芸術とはそんなにも「美しさ」ありきなのだろうか。「現代音楽だけどきれいで、聴きやすいね」という、よく聞いたような言葉が、 賛辞として成立する所以にもなりそうである。そして私自身もまた、「美しさ」を指標にしていれば、大衆には受け入れられにくいジャンルであっても、より広い共感を得やすいと考えていたのだろう。

 冒頭で、ドイツに来たばかりの頃を回想したが、2018年のミュンヘン・ビエンナーレも、まさに「訳も分からず」訪れたものの一つだった。直後すぐに咀嚼することもできず、まさかその六年後、同フェスティバルで自分の作品が上演されることになるとは、当時は思いもよらなかった。ともかく、衝撃的なNeues Musiktheater(独・新しい音楽劇)との出会いによって、それまで考えてきた音楽の何たるかは、がらがらと崩れた。そして、それは私をある種の解放に導いてくれた。

現代的で「現在的」な視点

 タコツボの中で、作曲家は音だけで「勝負」しなくてはならない、と思い詰めながらも、その試みはなかなか行き詰まっていた——と、今だから言えるが——。私はそもそも、周波数の世界の中での繊細な愉しみに没頭し続けられる性質も持っておらず、生産のインスピレーションを音楽以外のものから得るのを常としていて、またその中で自分の帰属する社会に関係する主題を持つことが重要だと考えていた。表現を音に集約しなければならない、と考えながらも、実は音以外の部分にも同じくらい思い入れがあったのだ11。結局、プログラムノートなどによる解説なしでは、作品の成り立ちまで知ってもらうことは難しく、だからといって説明が過剰になれば、「音だけで表現する作曲家」としての職能を損なうことになる、というジレンマを抱えていた。テキストを作品の中に直接取り込んだ、つまり歌曲という形をとれば、表向きコンテクストは明確になるように思われる。しかし、なぜこのテキストに対してこの音を選んだのか、という問いはより浮き彫りになり、その説得性が音から読み取れない場合は逆効果になる。

 Neues Musiktheater(またはZeitgenössisches Musiktheater)とは何か、その分野に携わる人たちに問えば、返ってくる答えは実に多様だろう。私も便宜上この語を使っているが、実際にどこからがこの分野に含まれるのか、明確な線引きはできない。なにしろ上演場所ひとつとっても、オペラハウスから野原、そして誰かの家の居間、またはトイレの個室まで様々な空間を網羅する。(まだ)はっきりと定義されない分野。従事する人にとっては、まずその時点でのやりがいと面白さがある。実際この分野について、人々の口からは、その「柔軟性」が頻繁に語られる。この「柔軟性」には、今の私たちにとって、という但し書きが付く。過去の時代にも、その頃の人たちが開拓してきた「柔軟性」があっただろうし、ポスト・ジャンルを目指してきた人々が、いつもどこかにいたに違いない。

 音楽(芸術)は時代を反映する。たとえ作者にその目的意識がなくても、私たちの美的判断が個々の経験に裏打ちされているのと同様か、あるいはそれ以上に、作品もまた時代のコンテクストから自由ではあり得ない。意図的に時代的反映を回避しようとする行為もまた、その影響下にあるといえるだろう。この考えは、幼い頃から無意識のうちに感じてきたものであり、それが今に繋がっている。源泉となるのはやはりピアノ演奏での経験だ。遠い時代の、話す言葉も生活様式も自らのそれとは異なる場所で形成された作品を演奏する際に、現在の(自分の)生活実感との接点を見つけることが、ピアノに向かう動機付けとして重要だった。その、いわば過去と現在を繋ぐための視点には、「現在」が反映されているし、私たちが今、自分基準の視点を用いることができていること自体が現代的だ。

 過去の時代で「醜」と判断されたものの中に、ある時代では「美」を見出すようになったこと、あるいは芸術作品の題材がより個別的で詳細なものへ広がっていったこと。これらは、芸術の領域における「解放」の歩みを示している。その過程は、長い時間をかけて階層構造や固定的な価値観が徐々に解体されてきた、人類の「解放」の歴史と重なり合う。Neues Musiktheaterにおいては、このような非階層化の思想が、作品の構造や主題にとどまらず、その制作過程や、それを取り巻く人間関係に至るまで、あらゆる側面に広く適用されやすくなっている。私がこの分野に関わっていて感じる醍醐味は、まさに自分の属する現在の社会——あるいは共同体——とつながり、またそれを反映していると思えるような生産的思考が可能になったことだ。

その場所でしか作れない、その人だけの体験

 五年前の私たちは、お互いにオンライン上で存在していた。見通しの立たない状況下でも規則的に開講されていたオンラインの講義やワークショップで、多くの知識を得ることができたし、オンラインコンサートも当初は、実用的だと考えることができた。2020年秋にハンブルク音楽演劇大学に入学した私が、そこで師事するゴードン・カンペと「本当に会った」のは21年の夏前のことだった。画面越しに毎週会っていた間柄なのに、どう接すべきか互いに戸惑ったあの奇妙な感覚は、今も忘れられない。とはいえ、オンラインで事足りてしまうことが多々あることも実証された。そのうえで、あえて私たちがオフラインの場に足を運ぶことの意味とは何なのだろうか。オンライン時代を振り返ると、印象に残る出来事は多かったはずなのに、個々の経験が画一化されてしまい、瞬間的な記憶があまり残っていないように思える。私にとっての「瞬間的な記憶」というのは、例えば、初めてラッヘンマンの作品を演奏会で聴いたときの体験だ。多くの作曲科学生の経験と同じように、私もその音楽に圧倒された。しかし真っ先に思い出すのは、暑い夏の日の小さな教会で冷房もほとんど効かないなか、演奏者はもちろん観客も汗ばみ、その場にいる全員の集中が一体となって感じられた、熱気あふれる空間そのものなのだ。
 1952年のブラック・マウンテン・カレッジでのハプニングで、どの席が一番良いのか尋ねた女性に対して「それぞれの席から、少しずつ違ったものが見えるから」全てが等しく良い、とケージが答えたエピソードがある12。カメラとマイクを媒体として画一的に発信されるものを鑑賞するだけでは得られない体験があるのならば、その場に居合わせる価値はある。そして、それが多角的な要素が取り入れられた場であったなら、それはもう赴いてみるよりほか、そこで起こる出来事を本当に知る術はないのだ。オンライン時代の経験は、私に「人々が、ぜひその場を訪れたいと願い、訪れてよかったと感じられる空間を作りたい」という強いモチベーションを残した。

 私とNeues Musiktheaterの出会いを語るために欠かせない人物の一人であるマノス・ツァンガリス(1956-)は、彼のAbstract Pieces(2018)初演時のインタビューで、同作品のテーマにもなっているabstract(抽象性)が、作品内の表現手段の「具体的」な使用によって獲得されるものであるとし、さらに諸要素の関係について語っている。

光源が使われる際、登場人物を照らすための単なる照明としてだけではなく、私たちは、プリマ・マテリア(第一質量)13として用います。光は、音響や音高、人間の声、テキスト、そして空間の構成と同様に、それらと対等な手段となるのです。私にとって音楽劇とは、空間すらも抽象化し、それらを作曲可能にするためのものでもあります。今日に至るまで、劇場の中での諸手段に関しては厳格な階層が存在してきました。それゆえ、これらの異なる複層的な表現媒体のエマンシペーション(自立/解放)を問うことは、ごく自然なことです。ここでは全ての部門が対等に扱われますが、それは画一的にではなく、あくまで舞台上の出来事の展開において、どの観点が前面に出るか——私たちは、依然として舞台上の文脈の中にいるのですから——によって決まるのです。

Abstract Pieces初演時パンフレットに特別寄稿されたManos TsangarisとRoman Reeger(Staatsoper Unter den Lindenドラマトゥルギー)の対談より(2018)(翻訳は筆者による。)

 作品内の要素がAutonomie(独・自律性)を持つことで、それらの間に対話が生まれる。そしてこの「階層のエマンシペーション」は、作品内の手段・要素のみならず、作品を取り巻く人々の関係にも適用される。対等な関係があってこそ真の対話ができるのは、日常の人間関係でも同じだろう。共同作業の過程では特に、専門分野を超えた対話が可能になり、新しく、そして面白い効果が期待できる。この開かれた対話の輪の中には、観客の存在、そして観客自身も関わってくる。観客はもはや、作者の意図を汲み取り、理解するためにそこに座っている必要はない。そこで行われる判断的思考の裏付けはその人の経験そのもので、それが専門的な学びに基づくかどうかなどは問われない。その場に存在するすべての人が、その人の肩書き以前に、まさに「その人自身として存在する」ことができるのだ。

 「その人自身として存在する」——そう言う傍ら、私は(まだ)自らを作曲家と呼んでいる。というのも、私の視点の軸はやはり「音」にあり、それを扱う行為としての作曲が、私の表現の根幹を成しているからである。マノスが語る「手段の対等性」は魅力的で、ヒエラルキーのない共同作業とは、夢のような楽しい話である。しかし、それを夢物語で終わらせないためには、現実的な諸問題に向き合わなければならない。どれほどファンタジーを描こうとも、芸術行為には、私たちが現実の生活で負っているのと変わらない責任も伴う。そして、各部門の境界が取り払われ対等性が深まったとしても、それらが同等になるわけではない。対等に議論し共同作業に参加する他部門の同僚が、必ずしも同等の責任を担うわけではないし、「対等」という語の響きのよさによって各々の専門性を無視するのも得策ではない。あるいは、一人の作り手が全ての責任を引き受け、多角的な諸要素を扱ったとしても、それらを同等に扱えるわけではない。だが、そのアンバランスさ自体が、作品における重要な要素となる潜在性も秘めている。自由な空間の中に身を置くときに重要となるのは、自らの視点がどのような背景に支えられているのかを自覚していることだ。

 2017年、渡独直前に人間国宝・竹内駒之助先生から義太夫語りの手ほどきを受ける貴重な機会をいただいた。そのとき痛感したのは、自分の音に対する感覚が、いかに音高に依拠しているかという点である。もしその後、語りの勉強を継続できていたなら、私には二つの方向性があっただろう。一つは、これまで培ってきた音高中心の感覚から距離をとり、「言葉」に焦点を当てた感覚を獲得する努力を重ねること——その感覚は私にとってまだ未体験のものであるため、こうした大雑把な言い方しかできないのだが。もう一つは、自らの音感覚を活かすアプローチによって、表現のかたちを模索することである。
 渡独後、Neues Musiktheaterに出会った私は、これまで培ってきた音感覚を基軸に据えつつ、並行して、視覚など新たな感覚の部分的な獲得を長期的な視点で目指す方針を採ることになった。とはいえ、音と他の要素を同時に扱うとき、やはり音に対する感度が自分の中で優位に立つことは避けがたい。独学であれ機関を通じてであれ、例えば視覚的な分野を学ぶ場合、義太夫節の場合と比べれば、自らが培ってきた聴覚的な感覚と拮抗する要素が少ないため、専門家の目線にならいやすいだろう。だが、仮にそうして視覚的な感性を磨いていったとしても、それはおそらく当該分野を専門とする人の鋭敏な感覚とは質を異とする。このことは、取り組み方次第で弱みにも強みにもなり得るだろう。子どもたちの発想の中には、しばしば私たち——いわば「磨かれた」感性を獲得してしまった大人——には到底思いつけないようなものが含まれており、羨望の念を抱くことがある。同様の可能性を、私たちも「専門」外の分野に対して、まだ持ち得ているかもしれない。自らの視点がどのような特性を持ち、またどんな偏りがあるのか、的確に把握していれば、必要に応じて他の視点を持つ人々からの助言を受けることもできる。そうして初めて、己の生産的思考に——「専門」外の部門の取り扱いも含め——、より確信持つことができるだろう。

 「映画のワンシーンのような」という表現がある。その「ワンシーン」の多くは、元をたどれば人々の日常から着想を得られたものだろう。現実の一場面が映画のワンシーンを生み出し、そのワンシーンは再び、私たちの日常のあり方に影響を及ぼす。このような相互関係の構図は、例えば、この「映画の~」という言い回しの現代的変種ともいえる表現の「フォトジェニック」などにも当てはまるだろう。同様に、人々が「芸術的だ」と感じる日常の一場面も、芸術を取り巻く私たちの態度の変遷とともに変化してきた。私たちの生活は芸術に溢れており、その中には、もとより作者の存在が問われないものも少なくない。しかし、ひとたび作り手として介入すれば、それは芸術行為となり、必然的に作者としての責任が生じてくる。「作者の死」は受け手の側から語られるものであり、作り手にとっての免罪符ではない。作り手として「その人自身として存在する」ことで引き受ける責任は、決して小さくはなく、芸術行為における視点を裏付けるのは、その人の人となりや生き方そのものだ。だからこそ常に、まず「人として」ありき、そんな作曲家でありたい。これは私が強く願い続けていることである。

Photo © Judith Buss

脚注

  1. 丸山眞男:『日本の思想』〔電子書籍版〕、岩波書店(2015)、40-41頁(Apple Books) ↩︎
  2. 文部科学省:『中学校学習指導要領』(平成29年告示)、東山書房(2018)、99頁 ↩︎
  3. Dudenredaktion: Duden online, https://www.duden.de/node/3192/revision/1457030(2025年5月25日閲覧) ↩︎
  4. Langenscheidt Redaktion: Langenscheidt Großwörterbuch Griechisch—Deutsch, 24. Aufl., Berlin: Langenscheidt 1981 ↩︎
  5. アレクサンダー・ゴットリープ・バウムガルテン:『美学』(松尾大 訳)、講談社(2016)、10頁(Apple Books) ↩︎
  6. Alexander Gottlieb Baumgarten: Meditationes philosophicae de nonnullis ad poema pertinentibus, dt. Übers. u. mit e. Einl. hrsg. von Heinz Paetzold, Hamburg: Felix Meiner Verlag 1983, 85-87 ↩︎
  7. 「自由な技術の論理、下位認識論、美しく思惟することの技術、理性類似者の技術」(註は筆者による。) ↩︎
  8. Alexander Gottlieb Baumgarten: Texte zur Grundlegung der Ästhetik, Übers. u. hrsg. von Hans Rudolf Schweizer, Hamburg: Felix Meiner Verlag 1983, VIII-X, »[…] daß für ihn der Erwerb der sinnlichen Erkenntnis selbst und ihr Ausdruck in der künstlerischen Gestaltung untrennbar verbunden sind.« (IX)(引用箇所の翻訳は筆者による。) ↩︎
  9. ebd., 17, 90-91 ↩︎
  10. Immanuel Kant: Kritik der Urteilskraft, Hamburg: Felix Meiner Verlag 2001, 61-66; §8 »[…] Nun ist ein objektiv allgemeingültiges Urteil auch jederzeit subjektiv, d.i. wenn das Urteil für alles, was unter einem gegebenen Begriffe enthalten ist, gilt, so gilt es auch für jedermann, der sich einen Gegenstand durch diesen Begriff vorstellt.« 「〔……〕ところで、客観的で普遍妥当な判断は、常に主観的でもある。すなわち、その判断がある特定の概念の下に含まれるすべてのものに有効な場合、それはまた、この概念を通じて対象を表象するすべての人にも当てはまるのである。」(翻訳は筆者による。) ↩︎
  11. 社会を何らかの形で反映させる、ということは、今でも私の創作における大切な原則になっている。そのことによって私は、自分が音楽をする——しかも、なかなか一般には受け入れられにくいジャンルにおいての——意味の一つを見出すことができている。 ↩︎
  12. Michael Nyman: Experimental MusicCage and Beyond, 2nd Edition, Cambridge: Cambridge University Press 2011, 24-25 ↩︎
  13. prima materia(羅):アリストテレスが『形而上学』などで論じた「質料(ὕλη・希臘)」の概念をもとに中世スコラ哲学で展開された用語。(註は筆者による。) ↩︎
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